15 思いの裏側 【15-5】

『リラクションルーム』の防音効果は、本当に優れていた。

扉を閉め切っていれば、リズムの音くらいしか聞こえてこない。

あずさは事務所に戻り、動きづらい左手で、資料になるものを拾い出し印刷していく。


「不足分、宮崎さんが穴埋めしたんだって?」


柴田は、小原さんから聞いたよと、『5万円』の話をする。


「はい……。これで解決とは思っていませんが、私、どうしても村田さんに、
納得して出て行って欲しくて」

「村田さんか……」


柴田は、あの人は頑固だよねと、笑ってみせる。


「頑固ですけれど、でも、全否定ではないと思うんです。私が渡したプリント、
まだ見てくれていないけれど、捨ててもいないし」


あずさは同じ場所にあったと、笑う。


「『ミドルバンド』の人が来て、思い出したんだけれど、村田さんって、昔、
トランペットの名手だったんだよ」


柴田は、まだこのビルが『BEANS』本社だった頃、庄吉が生バンドを呼び、

演奏したことがあるという話をし始める。


「そのバンドは、村田さんが所属していたものだったんだ。
有名なキャバレーで、ダンスナンバー吹いたりね」

「そうなんですか」


あずさは、あの村田がトランペットが出来たなど想像できなかったと、柴田に話す。


「なんか、また、バンド演奏でパーッとしたい気分だね」


柴田はそういうと、両手を大きく広げて見せた。





「敦が……ですか」

「あぁ、今朝、自分からそう言いだした。『豆風家』の仕事に関わりたいとね」


武彦は、仕事を終えた岳を社長室に呼び、今朝、敦が尋ねてきたことを話した。

岳は、そんなことを敦が考えていたとは思わず、下向きにした視線のまま、

『そうですか』と返事をする。


「最初は会長が勧めたから、また従おうとしているのかと思ったけれど、
敦の表情を見ていたら,それは違うと気がついてね」


武彦は、出来たら思いをかなえてやりたいと、そう言い始める。


「お前はどうだ」


武彦にそう聞かれ、岳はすぐに答えを出せなくなる。


「いつもお前が前にいて、それを支えていこうと敦も思っていたのだろうが、
二人が別々のことをするのも、私はいいと思えるんだ。お前のように、
迷いなく決断が出来るタイプではないからな、敦は」



『迷いなく……』



その言葉が、岳の耳に残る。


「敦には、敦のいいところがあります」

「もちろんだ。それは私もわかっている」


武彦は、常務たちにも相談するとそう言うと、そろそろ帰ろうかと岳に声をかける。

岳は『はい』と返事をすると、一緒に社長室を出た。





部屋に戻った岳は、ベッドに寝転び天井を見た。

幼い頃からこの家がここにあり、当たり前のように過ごしてきた。

『桜北大学』の付属で過ごしたときも、ほとんどの友達の家が庭付きだったので、

岳にしてみると、こういった姿が、『家庭』そのものだと思っていた。


『岳君は社長さんね』


同級生の母親から、こんな言葉を受け取るたびに、岳はただ頷いてきた。

やりたいとか、目指しているとか、部下となった社員たちはみな、

『BEANS』で仕事が出来ることを、誇りのように語ってくれる。

岳にしてみたら、自分の中に当たり前のように入り込んでいるものであって、

『目標』とかそんなものを考えたことは一度もない。

ただ、年を重ねるごとに、『人の目』が鋭く、優しいばかりではないことにも気付く。

父の跡を継ぐことに、異論を唱えられてはならないと、

ただ、『その場に似合うための努力』を続けてきた。

それは弟になる敦も同じだと思っていたのに、『やりたいこと』という言葉が、

岳の心に突き刺さる。

一緒に歩いてくれると思った弟が、『自分の道』を見つけてしまったとすれば、

一人で進む岳の歩く道は、さらに険しく寂しいものに思えた。





そして、『肩もみ』宣言をした9月から、日は確実に過ぎ、

ついに、あずさが最初に約束をした『3ヶ月期限』の日がやってきた。


「どうかしらね」

「どうでしょうかね」


その日の昼食、小原とほたる、そしてあずさは揃って『BEANS』の食堂に向かう。


「ここまで来たのですから、成功することを祈りましょう」


あずさはそういうと、スプーンでドリアをすくう。


「そうよね、『ケヴィン』にしたら、お金が入ればいいはずなんだから。
なんとか出来ると思いましょう」


小原も頑張ろうと小さく両手を握り、定食の残りを食べていく。


「どうやって、この枠を埋めたのですか」


ほたるは『練習』だと言いながら、あずさに答えを迫る。


「駅前でチラシを配り、それから……」

「口コミ」

「あ、そうです、口コミで広がりました」


あずさはこういった場所が少ないので、利用したいという人が増えましたと、

埋められた予定表を見せるふりをする。


「そうですか、では……」


ほたるは岳のマネをして背筋を伸ばすと、両手で紙を持ったポーズを見せる。


「確かに、空いていた箇所は埋まりましたね」


岳に扮したほたるは、少し悔しそうな顔をしながら、一応クリアなのでと、

新しい交渉に入る体制をとる。


「こんな感じですかね」

「そうそう、いけるよ、いける」


ほたるとあずさはすっかりその気になり、小原は、大丈夫かしらと、不安そうな顔をする。

盛り上がっている3人の横を、岳が通り過ぎたため、

あずさとほたるはすぐに口を閉じた。





【ももんたのひとりごと】

『リラクションルーム』

『BEANS』が管理する『Sビル』の中にある、防音設備の備わった部屋のことです。
社員食堂を近所の人たちに開放したり、社員たちがくつろげる場所を作ったり、
庄吉がどういう社長だったのか、わかってもらえる部屋になっています。
バンドの生演奏とかって、今考えるとおしゃれな会社ですよね……『BEANS』。
この場所……とても重要なので、覚えておいてください。




【16-1】



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