16 ストレスの女 【16-4】

「あぁ、そうだ。そんな中、私は玉子さんに再会した。
お父さんから受け継いだお店の土地を売りたいと言っていることを聞き、
驚いたけれど、彼女は『こだわり』など持っていなかった。
今……このときを生きていること、明日を迎えることが出来ること、
それにいつも感謝する気持ちがあれば、肩肘ばかり張らずに、周りのみんなと協力して、
理解しあって生きていけると教えてくれた」


庄吉の話した『理解』という言葉に、

岳はあずさがこだわった、村田社長のことを考える。


「理解……」

「そうだ。私が一番でなくてもいい。足りないところは補ってもらって、
それで会社になる。そんなふうに考えるようになってからは、仕事もプライベートも、
うまく流れるようになった」


庄吉は、カップを持ち、ゆっくりとコーヒーを飲む。

『ふぅ』という息の音が、岳の耳に届く。


「部下を信頼し、同僚を信頼し、その成果を褒めて受け入れなさい。
そうすれば、岳……お前自身のことを、周りも受け入れてくれるものだ」


岳は、あずさの無茶な提案に、自分以外の人間が全て頭を下げたことを思い出す。


「玉子さんという人は、そんなふうに人をひきつける方だったのですか」


岳は、会ったことのない玉子について、庄吉に問いかけた。

庄吉は『そうだ』と頷いていく。


「娘さんを抱えながら、お母さんと生きていこうとしている彼女だったが、
頑張りを認めてくれた人たちが、自然と輪を作っていた。
私もその片隅に、加わっているつもりだったがね」


庄吉は、『そういえば』と話を切り替える。


「あずささんは、元気なのか」


玉子の話から、庄吉はあずさを思い出したとそう語った。


「はい。彼女の行動が今、私の『ストレス』になっているのかもしれません」

「ストレス」

「考えつかないことをされるんです」


岳はそういうと、あずさが来てからのことを、順序どおり語った。

古くなったので、立ち退きを求めている『Sビル』で、みんなを納得させるために、

3ヶ月の期間を『肩もみ』で得ようとしたこと。

さらに、期間を延ばすために、自分の給料からスタジオを借りてしまったことなど、

岳には想像もつかないことだったと、話し続ける。


「おぉ……そうか。あの『リラクションルーム』を」

「はい。防音設備があるので、貸しスタジオにして収入をあげることにしたそうです。
でも、足りなくて」

「自分のお金を出した」

「はい……。1つ、立ち退きに納得できていなくて、『BEANS』の行動がおかしいと、
ビラを出した店がありまして」


岳は、村田のことを話す。


「うちとしてはするべきことをするだけだと話したのに、彼女は、その人に、
納得してビルを出てもらいたいと、色々頑張っています」


岳は手作りのプリントを作ったり、わざわざ様子を見に出かけたりしていることも、

合わせて話していく。


「そうか……あずささんも、やはりそういう女性なのか」


庄吉は、嬉しそうにコーヒーを飲み続ける。


「岳」

「はい」

「お前は、あずささんが『ストレス』だとそう言ったが……」

「はい。考えもつかないことばかりされるので」


岳はそういうと、コーヒーを一口飲む。


「お前に『ストレス』を与えられる人がいるのは、とてもいいことだ」


庄吉はそういうとと、笑顔になる。


「自分には見えないもの、気付かないものを教えてくれるのは、
イエスだけを並べない、そういう人の存在だと、私は思う」


庄吉はそういうと、来週は『クリスマス』だと言い、

近所の子供たちが遊びに来る話を楽しそうにし始める。

岳は、もうそんな時期なのかと、少し雲のかかった空を見た。





「こんにちは!」


その頃、あずさは2階の村田の店に、3度目の訪問をしたところだった。

以前、あずさの作ったプリントが置いてあった場所には、何もない。


「あの……」

「読ませてもらったよ。あんた、絵がうまいね」


村田は、わかりやすい説明だったと、ポケットからプリントを取り出す。


「ありがとうございます。授業中、イラストばっかり書いていたので、
成績の優秀な学生ではなかったですが」


あずさはそういうと、軽く笑う。


「古くなっているのは、借りている自分たちが一番わかっているよ。
でもね、出て行きたくない気持ちも、少しは理解して欲しいんだ」


村田はそういうと、この場所にいることで、気持ちが安らぐのだと、そう話す。


「村田さん、トランペットを若い頃は吹いていたそうですね」


あずさの言葉に、村田はどうして知っているのかと、驚きの顔をする。


「柴田社長がそう言っていました。
相原会長が『リラクションルーム』にバンドを呼んでいたのも、
村田さんの所属していたバンドだと」

「あぁ……」


村田ははるか昔の話だと、またあずさに背中を向ける。


「今は、吹かないのですか」


あずさは背中を向けている村田に、そう聞いた。


「一人暮らしのボロアパートで、あんな楽器を思い切り吹いたら、
近所から苦情の嵐だよ。もう、全く……」


村田はしまい込んだままで、トランペットも朽ちてしまったと、そう言い返す。


「そんなはずないですよね」


あずさは、自分も学生時代、『クラリネット』を吹いていたけれど、

吹けなくなった今でも、時間があると楽器を磨いてしまうとそう話す。


「あんた……『クラリネット』を吹けるのか」

「はい……なんて言っても素人ですよ。村田さんのようにプロじゃないですし。
あくまでも部活です」


あずさは、この手が治ったら、また吹いてみたいと思っていることを村田に語る。


「あ、そうだ、村田さん。平日、お仕事が終わった後、
時間があったら上の『リラクションルーム』に来てください。
トランペット、吹けばいいんです」


あずさはそういうと、予定表を持ってきますからとそう話す。


「いいよ、そんなスタジオを借りてなんて、とんでもない」

「借りているのは私ですから、どうぞ、どうぞ」


あずさの言葉に、村田が振りかえる。


「あんたが借りているのか。クラリネット教室でも?」

「いえ、色々と考えて、私が個人で借りました。思い切り『クラリネット』を吹いて、
日ごろ本音を言えないストレスとか、発散できたらと」


あずさは遠慮する人もいないので、ぜひと村田に言うと、

予定表を持ってきますと、階段を上がっていく。

村田はそんなことはいいと言おうとしたものの、結局言えないまま、

あずさを見送ってしまう。



『本音を言えないストレスとか……』



村田は、プラモデルの箱の後ろにある、フエルト生地の貼り付けてある箱を開ける。

そこには、手入れの行き届いた、綺麗な状態のトランペットが入っていた。



【16-5】



コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント