16 ストレスの女 【16-5】

「敦のこと」

「はい」


岳は、庄吉が敦に『豆風家』をやらないかと言ったのはどうしてなのかと、

そう尋ねた。庄吉は、口で説明できるような理由はないのだけれどと話す。


「武彦と岳を支えようと、敦は精一杯努力をするはずだ。
それは小さい頃から見ていたら、よくわかる。
でも、敦にこそ、見えるものがある気がしてね」


庄吉は、『相原家』に生まれていない敦だからこそ、見えるものがあると言い、

コーヒーを飲む。


「『支える』という思いを、お前や武彦のためではなく、
もっと広い場所に生かして欲しいとそう思うんだ。ただ、それだけだ」


庄吉は、岳にお前がやりたいのならそれでもいいがと、切り返す。


「いえ……」

「あはは……そんなに真顔で否定するな。
いくら私でも、お前の苦手なことくらいわかっているよ」


庄吉はそういうと、船の行き交う海の様子を見る。


「『リラクションルーム』か。もう一度、バンドの演奏を……聞いてみたいものだね」


庄吉はそういうと、昔聴いていた曲を、口ずさみ始めた。





『青の家』から『BEANS』に戻る車中、岳は庄吉の言葉を思い返していた。

確かにあずさの存在は、自分にとって『ストレス』であるとそう思っている。

あずさの『肩もみ』や、『スタジオを借りる』などの思い付きがなければ、

今頃、来年の3月でビルを出て行ってもらい、解体、さらに新しいビルの建設へと、

着々と進むはずだった。敦に引き伸ばすなと言っておきながら、

結局、自分自身も決断が出来ないまま、ただ日数を重ねている。

正しいことをしているのは自分だと、自信もあるのに、

なぜか共感を得るのは、自分ではない意見ばかりだった。

『稲倉』と『岸田』の件も、完璧なデータで勝てると思っていたのに、

やはり共感を得たのは、『岸田』を推すメンバーで、岳は『正しさ』とはなんなのか、

わからなくなる。車線変更をしながら、いつもの場所に向かうため、

岳はアクセルをさらに踏み込んだ。





入っていた会合が急遽キャンセルになり、武彦はいつもより早い時間に家へ戻った。

東子は驚き、浩美は慌てて食事の支度だと、滝枝に声をかける。


「申し訳なかったかな、早く戻って」

「そんなことはありませんけれど、岳や敦が戻ってこないのに、あなたが戻られるから」

「若い人たちは忙しいだろう。この季節なのだから」


武彦はそういうとスーツの上着を脱ぎ、ネクタイをはずす。


「浩美」

「はい」

「敦を、『豆風家』の方に異動させようと思っているんだ」


武彦のセリフに、浩美は動きが止まった。

その話を聞いたのは、初めてではないはずなのに、

そんなことにはならないだろうと思っていたため、言葉がすぐに出て行かない。


「敦が、社長室までそう言いに来た。異動したいって」

「そんな……」

「会長に言われたからではなく、自分でやりがいが見つけられるとそう思ったようだ」


武彦は、これから介護の世界はますます伸びていくからと、浩美を見る。


「本当にそうなさるおつもりですか」

「まぁ、役員たちにも話をして、異論はないようだ。岳も……」

「岳は、邪魔な弟がいなくなって、せいせいしていると」

「浩美……」

「『BEANS』は自分のものだと、そう言いましたか」


浩美は、悔しそうに唇をかみしめると、大きく息を吐く。


「わかっています。岳は相原の正式な跡取りです。実力もありますし、
あなたの後をと思われても、それに異論はありません。でも……」

「私には敦も、岳と同じだ」

「あの子は……」


浩美はそこまで言うと、あえて言葉を止めてしまった。

食事が冷えてしまうのでと、部屋を出て行ってしまう。

武彦は、パタンと閉められた扉を見ながら、浩美の複雑な心境を考えた。





「伯母さん、驚いた急に」


武彦から敦の話を聞いた次の日、浩美は千晴を呼び出した。

千晴は、この喫茶店にお勧めのケーキがあることを知っていたので、

そのセットを注文する。


「千晴」

「何?」

「ねぇ……敦は会社で仕事が出来ているの?」


浩美は、敦が実際は会社で疎まれているのではないかと、心配だとそう言った。

千晴は置かれたお冷を一口飲む。


「疎まれていることはないと思うけれど。まぁ、賃貸部門なんて、
数字を見たり、プリントしたりの繰り返しだけれどね」


千晴はのんびりしていて、自分が異動したいくらいだと笑ってみせる。


「調べてくれない?」

「何を?」

「敦の周りのこと。あの子、武彦さんに『豆風家』の仕事がしたいと、
そう言ったみたいで」

「『豆風家』? どうしてまた」

「お義父さんが、勧めたようなの。工学部を出て、どうしてと思うでしょ。
だから、何か会社であるんじゃないかと」


千晴は、敦が『BEANS』の中枢から抜けてしまうと、

敦の縁に頼っている自分の立場も、難しくなるのではないかと、考え出す。

もう一人の縁を持つ岳は、自分のことを評価するとは到底思えない。


「わかった。調べるわ。それは一大事だもの」

「頼むわ……私には『BEANS』の内部はわからないから」


浩美は千晴にそういうと、カフェオレのカップを持った。





12月24日。

世の中は『クリスマス』を迎えた。

街にはあわせた音楽が1日中流れ、夜になるとさらに華やかさを増していく。

あわせたイベントも、あちこちで行われていて、レストランはどこも予約が優先だった。

恋人たちにとっては、365分の1日ではなく、

この日は一緒にいようと、前々から予約を取り、準備する日になっている。

岳も、久しぶりに梨那と食事をすることになっていた。





【ももんたのひとりごと】

『クラリネット』

あずさにとっては、祐との思い出であり、岳にとっては母との思い出となる楽器。
タイトルに入っている写真の楽器も、実は『クラリネット』です。
ユーチューブをフラフラ見ていて、クラリネットの演奏を見つけた私。
『うわぁ……かっこいい』と思い、今回の話に入れ込みました(笑)
自分では吹いたこと、ないですけどね。




【17-1】



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