17 女の幸せ 【17-1】

「何? これ」

「父にも色々と聞かれるようになったし、年齢的にも考える時期かなと思って」


梨那は、読んでいた雑誌を横の席に置き、

目の前のにいる岳の表情を、チラッと見ながらそう話す。

梨那の見ていたのは、女性向けの情報誌だが、

表紙にはウエディングの予算について、色々と特集が組まれている。


「岳……怒った?」


二人が入っている会員制のレストランは、街の混雑ぶりと距離を置き、

『イベント』とは違う、『クリスマスの夜』をしっとりと演出する。


「怒ってはいないけれど」

「だったら来年……形にしてほしいの」


梨那は、反論されないタイミングを見てそう言った。

遠慮がちな言葉とは裏腹に、梨那の強気が見え隠れする。


「梨那……」

「何?」

「実は、『BEANS』から『豆風家』に異動することになった」


岳はそういうと梨那を見た。

梨那は何を言っているのと、驚きの顔をする。


「岳が『豆風家』に? どうして。そんなこと必要ないじゃない。
あなたは『BEANS』の顔になる人なのよ」


梨那はそういうと、数ヶ月の研修なのかと、そう岳に聞く。

岳は、『豆風家』と言った後、梨那が明らかに嫌な顔をしたとそう思った。


「岳……」

「ん?」

「ウソでしょ」


梨那はそういうと、『ウソ』という言葉だけを待っている顔をする。


「そうだ、ウソ……」


岳はそういうと、梨那と横にある雑誌から目をそらした。





目の前に座る涼子の視線に気付き、敦はどうしたのと聞いた。

涼子は黙って首を振る。


「何……なんだかおかしくない」

「ううん……」

「話しがあるのなら、言ってよ」


涼子は『そうだよね』と頷き、1月から2、3ヶ月間、

先生と一緒に伊豆の工場に向かうと、そう言った。


「そうなんだ」

「うん……先生に聞いたら、『家』の体験は春までお休みだって」


涼子は、春に行われる作品展の準備なのでと、敦に語った。

敦はそうなのかと納得しながらも、どこかに寂しさを感じてしまう。


「この間、染物しただろ。ちょっと褒められて、またやる気になっていたんだよね」

「褒められたの?」

「うん……会長のお世話になった人のひ孫が、今、うちに居候していてさ。
彼女が車の中にあった染物を見つけて、興味を持ってくれて」

「彼女って、女性?」

「あ……うん」

「あ、ごめんなさい」


敦は、涼子が『彼女』という言葉に反応したと思い、少し口元が動く。


「教室は春までお休みか……」


『春までお休み』という言葉が頭に残り、うまくそこから話しが続かなくなる。

涼子も、何か思うところがあるのか、いつもに比べたら、口数が明らかに少なかった。

食事はその分、早いペースで進んでしまう。


「作品展、涼子ちゃんも出すの」

「……うん、おそらく」

「そっか」


敦は、握った手のひらを開きかけたが、またすぐに強く握ってしまう。


「見に来てね」

「うん」


話したいことの数十メートル手前の言葉ばかりが、敦と涼子の口から出て行った。





「サンタバンザイ!」


その頃、あずさは杏奈と一緒に食事をした後、そのまま部屋にいた。

本来なら『クリスマス』なので、彼氏のいる杏奈は忙しいだろうと思っていたが、

広夢が仕事から抜けられないということになり、

その穴埋め相手として、あずさに白羽の矢が立った。


「広夢のバカ! あの男、もうここへは来なくていい! いい、入れません」


何ヶ月も前から、ここだけはと互いに決めていた日なのにと、

杏奈はチューハイの缶を、また一つ空にする。

テレビには、なぜか格闘ゲームが映り、ものすごい勢いで杏奈のパンチが炸裂した。

鬼の形相をした敵は、そのまま真後ろに倒れてしまう。


「勝った! 勝ちました、杏奈最強!」


あずさは、その様子を見ながら、ポテトを口に入れる。


「あずささぁ……よく覚えておきなさいね。男なんてずるいんだよ。
お前が一番大切だなんて言っておいて、直前になって仕事がって、そんなのあると思う?」

「仕方がないよ、サラリーマンでしょ。しかも同じ会社なんだし、理解してあげないと」

「だから腹が立つのよ。あの会社ごときに、それだけ忠誠誓ってどうする。
お前なんて、社長になれるわけでもないのにって」


杏奈は、さらなるステージに向かったが、

自分のキャラクターが倒されたことがわかり、『もう』と文句を言った。

あずさはなんだかんだ言って、広夢と過ごしたかったという杏奈の態度がいじらしくて、

笑ってしまう。


「何で笑うの? 今日は女の日なんだからね。ここに男は禁止」

「はいはい」


杏奈は、チューハイを飲むと、またゲームを始めようとする。

すると、玄関を叩く音がした。

あずさが出ようとすると杏奈はいいからと手を引っ張る。


「どうせ勧誘よ。近頃しつこいのがいるの。新聞だとかなんだとか……」


杏奈がそう言ったとき、外から『杏奈……』と聞いたことのある声がした。

あずさは広夢だと気付く。


「広夢さんじゃない?」

「違うよ……だって、あいつ」

「杏奈、俺! ねぇ……」


やはり声は広夢だと言おうとしたあずさよりも先に、杏奈は立ち上がると、

玄関を開けていた。そこには大きな花束を持った広夢がいる。


「ジャジャーン! 遅れて申し訳ない。サンタですが」

「……何、これ」

「ディナーが出来なかったので、ここから僕があなたの執事になろうかと」

「エ……」

「せっかくのクリスマスですから。杏奈姫の言うことを、何でも聞きますよ」


広夢は花束の向こうから、ニッコリ笑った顔を出す。


「……もう!」


杏奈はあれだけ怒っていたことを忘れてしまったのか、

格闘技に必死になっていた顔とは違い、かわいらしい女性の顔を広夢に見せる。

広夢は花束を部屋の中に置き、杏奈を抱きしめると、

あずさがいることなどお構いなしに、熱いキスをし始めた。

あずさはどこを見ていたらいいのかわからず、慌てて目をそらす。

ゲーム画面の『スタートボタン』を押してくださいというライトだけが、

目の前でチカチカと光っていた。



【17-2】



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