17 女の幸せ 【17-2】

「ありがとう、ごちそうさま」

「うん」


食事を終えた敦と涼子は店を出ると、一緒に駅へ向かった。

涼子はバッグを肩にかけると、一歩ずつ前に進む。

敦は、どこかから流れて来る『クリスマス』の音楽を聴きながら、

もう今年も数日で終わるのだと、そう思う。


「涼子ちゃん」


敦の声に、涼子は振り返った。


「伊豆まで会いに行く……だから、僕と、きちんと付き合ってくれないか」


敦はそういうと、涼子に向かって頭を下げた。

涼子は思いがけない状況に、言葉が追いつかないのか、何も返事をしない。

敦はダメだったのかと思いながら、顔をゆっくりあげる。


「あつくん……今の本気?」

「本気って」

「本当に本気で言ってくれているの?」


涼子の言葉に、敦は本当に本気でそう思っていると頷いた。

二人の耳に聴こえていた曲が終わり、また別の曲が流れ出す。


「ありがとう……すごく、嬉しい」


涼子はそういうと、こちらこそよろしくお願いしますと、お辞儀をする。

二人は少し固かった表情で見つめあうと、どこかこそばゆかったのか、

互いに照れ笑いで誤魔化した。





「はぁ……」


あずさは杏奈の部屋を出て、吐息の白さを感じながら駅に向かった。

あれだけ広夢が仕事をしたことを怒っていたのに、姿が見えてからの杏奈は、

どれだけ変われるのかと思えるくらい、『かわいい女』になっていた。

男は禁止決めた部屋に、杏奈は広夢を入れ、

あの場に自分がいたら、邪魔だということくらい、

恋愛経験の薄いあずさでもよくわかるほど、二人だけの世界がそこにあった。

3人で一緒に過ごそうよと言われたものの、とてもそんな気持ちにはなれず、

明日も仕事が早いのでと、逃げるようにアパートを出てきた。


ただ1日、それが『クリスマス』というだけで、

これだけ人の感情は揺さぶられるのかと思いながら、あずさは改札を抜けていく。

窓から見える景色も、そんな特別な一日を応援するような眩しい光りばかりだった。





華やかで楽しい『クリスマス』が終わると、人々は慌しく年を越す準備をし始める。

それは大企業『BEANS』でも、中小企業『アカデミックスポーツ』でも変わらない。


「はい、右に動かそう」

「行きますよ」


小原とほたるが大掃除をしている中、骨にヒビが入った状態のあずさは、

体を動かすことが出来ず、片手をなんとか使い、掃除機をかけていく。


「宮崎さん、いいわよ、そんなに無理をしなくても」

「いえ、やらせてください。やらないと気が済みません」


あずさは、なんとか左手でも出来ますからと、動かした場所にあった埃を、

しっかり吸い込んでいく。

小原は、宮崎さんはまじめなんだからと笑いながら、また次の机を動かした。



その頃、浩美から、敦の状況を探って欲しいを言われた千晴は、

自分の飲み仲間たちの情報を頼りに、色々と動き始めていた。

敦のいる賃貸部門は、内部で管理を担当するものと、外回りをして、

状況を報告するものと、ほぼ2つのパターンに分かれている。

敦は、どちらかというと、内部作業が多いため、よっぽどの用事がなければ、

社内の席を空けることはないはずだった。


「『青の家』?」

「あぁ……会長の孫だからね、まぁ、呼び出しもあるだろうと思っていたけれど、
ここのところ、確かによく行っていた」


敦と机を並べて仕事をする園田は、千晴が自分を頼ってくれていることが嬉しく、

何か他に知りたいことはないかと、鼻息を荒くする。


「『青の家』で何をしているのかって、何気なく聞いてみてくれない?」

「何をしているかって? どうしてそんなこと」


園田は、千晴が何を知りたいのかわからず、少し身構えたような顔をする。


「ごめんなさい、妙な聞き方で。会長の仕事で行っているのなら、それはそれだけれど。
近頃、敦が色々と悩んでいるのではないかって、伯母が気にしているの。
大学を卒業して、2年経って、そろそろ仕事も本格的になるでしょ。
みなさんの足手まといになっていないのかって。
一応大丈夫でしょうと話したけれど、私も伯母には世話になっているから、
辛そうな顔をされると、困ってしまって」


千晴は『あなたが頼り』だと、園田の左手を握る。


「親戚になる私があれこれ聞くと、敦のことだから、身構えると思うの。
でも、園田さんなら、優しいし頼りがいがあるから、きっと話しやすいと」

「いや、俺は……」

「ううん……園田さんが優しい人だって言うのは、私にだってわかるもの。
敦もよくそう言っているし」


千晴は、今度一緒にお酒でも飲みましょうと、園田の左手に自分の右手を乗せて、

軽く笑って見せる。園田は『そうだね』と嬉しそうに鼻の下を伸ばした。

千晴は仕事に戻りますと、園田に頭を下げて階段をのぼっていく。

一度チラッと振り返ると、まだその場所に園田がいたので、

少し前まで園田の手を握っていた右手を、小さく振ってみせた。

千晴は踊り場を曲がり、階段を上へ向かう。

そこまでにこやかだった表情は、方向を変えただけ一気に消えていく。


「……ったく、冬なのに汗ばんでいる手ってどういう男よ。
勘違いする前に、寝癖直せって言うの、まず」


自分の右の手のひらを壁になすりつけ、ヒールの音をカツカツさせながら、

千晴は自分の席に戻った。



【17-3】



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