18 兄弟の選択 【18-3】

清志の店を出た岳は、もう一度祖父母の墓に戻った。

最初にお参りをしたときには、墓の状態だけを見た岳だったが、

今度は少し斜めから、墓石の横にある人の名前を見る。

そこには確かに、岳の祖父母と、『織田祐』を示す名前が記入されていた。

享年21。亡くなった日付をたどっていくと、あずさの話に出てくる先輩に、

ピッタリとあてはまる。



『スーツ姿など見たことがなかったのに……』



あずさは、初めて岳を見た日、すぐに祐を思い出したとそう話した。

他人の空似だと、そう思っていたのに、岳と祐は他人ではなく、

複雑な状態を全て取り払って考えたら、祐は母の弟になり、自分にとっては叔父になる。

しかも、祐の母親は、岳の祖母の妹であるため、確かに似ている要素も多いはずだった。

『織田祐』。この人があずさに『クラリネット』を教えた人ならば、

どんなふうに教えたのか、岳はその人生を知ってみたくなる。



『岳は男の子だから……クラリネットを吹いて欲しい』



母の願いを、叶えてあげられなかった楽器。

岳はもう一度手を合わせ、夕焼けを背に受けながら、しばらく立ち続けた。





「あけましておめでとう」

「はい、はい、おめでとさん」


実家に戻っているあずさは、いつもと変わらないペースの家族とおせちを食べた。

父は、正月から駅伝にチャンネルを合わせ、祖母の夏子は正月から畑をいじっている。

母親の美佐は年賀状を仕分けし、それが数枚あずさに渡された。


「あ、ありがとう」


高校時代の同級生や、スポーツジムで一緒に仕事をした同僚、

『河西由貴』からのものもある。

その中に、『相原東子』と書かれた1枚を見つけた。



『あずさちゃんのいない相原家は、静かです』



東子の丸みがかった字が、そこに書いてあった。

美佐が誰からなのとのぞき込む。


「相原さんのところの、一番下の女の子。東子ちゃんって言うの。
すごくかわいらしい子で、よく話してくれるのよ。学校のこととか」

「へぇ……」

「妹みたいなの、本当に」


あずさは、年賀状をまとめると、バラバラにならないように輪ゴムで止めた。

襖を挟んだ向こうから、玉子があずさを呼ぶ声が聞こえてきた。

あずさは『どうしたの』と言いながら、玉子のそばに寄る。


「どうしたの玉子さん。どこか痛い?」

「あずさ……この前ね、庄吉さんが来てくれたんだよ」


玉子は、数日前に、ここへ庄吉が来たとそう話しだした。

あずさは『おかしな話』だと思いながらも、否定せずに玉子の意見を聞こうとする。


「ここでお茶を飲んで、仕事があるからって、帰ってしまったけれど、
でも、久しぶりにお会いしたね」


玉子は、昔と同じように背筋をピシッと伸ばしていたと、

障子の向こうにある、山々を見る。


「それって……」


あずさは、もしかしたら自分をここまで送ってくれた岳のことではないかと、

言い直そうとしたが、玉子の幸せそうな表情を見て、あえて黙ることにする。


「いや、お会いしたのは駅だったかな。ここだったかな……」


玉子は、庄吉がそばに立って何度も同じことを言ったと、

左手で、あずさの手をポンと叩く。


「何度も?」

「そう。玉子さんのことは守りますと、そう言ってくれた。
だから、苦しいことが起きても、越えられないことはありません、
安心してくださいって」


美佐は、玉子の話を聞きながら、

おそらくまた現実と昔の話がごちゃ混ぜになっているのよと、あずさに耳打ちする。

岳のことなのか、それとも夢の中でのことなのか、結局わからなかったが、

あずさは会えてよかったねと言いながら、玉子の手を優しくさすってあげた。





『ロスウッド』の『クラリネットケース』。

あずさが以前、ホテルの店で見つけたこのメーカーは、

岳の母、麻絵の曽祖父が経営していた『木工所』を拠点に、興された企業だった。

今ほど会社の規模が大きくなる前に、会社の権利を手離してしまったが、

母は、自分が幼い頃によく見ていた、木屑やのこぎりの音を感じると言い、

『ロスウッド』を好んで買っていた。

岳は、近頃吹くこともなくなってしまったが、

それでも手入れだけは欠かさなかった『クラリネット』を取り出し、組み立てていく。

指を置き、唇を楽器につけるだけで音は出さなかったが、

それだけでも十分、色々なことを思い出すことが出来た。

『クラリネット』をテーブルに置き、窓から外を見る。

『クリスマス』とは違う、街の色合いに、

新しい年が始まったのだと、あらためてそう思った。





『あけましておめでとうございます』



街中にそんな言葉があふれる1月3日。

あずさは温かい実家のこたつを出て、東京に向かって出発し、

敦は涼子と待ち合わせた駅に向かっていた。

『翠の家』で、幼稚園以来の再会を果たしてから、何度か食事をしたが、

『次はいつ』という言葉を、意識しないで出せるようになったクリスマス。

敦は、今以上の関係に進みたいとそう告白し、涼子も照れくさそうではあったが、

『はい』と頷いてくれた。

今までと同じように時間を決め、場所を決め、会うことに変わりはないのに、

敦の気持ちは倍以上前向きで、電車を待っているだけでも、

軽快な音楽を口ずさみたくなる。

今までも、女性と付き合いがないわけではないのに、

敦は初恋相手を待つように、味わったことのない感覚を、ただ満喫する。

今現在の『相原敦』だけでなく、『野口敦』という、

亡くしてしまった自分自身の形ごと、涼子なら受け止めてくれるという安心感が、

気持ちにプラスされていた。

敦は時計で時間を確認すると、少し早足で待ち合わせの場所に向かった。



「さすがに混んでいるわね」

「まぁ、参拝客が多いと言われているところだからね」

「そうか、そういえば」


涼子はこの年末は荷物作りをしていたと、そう楽しそうに話してくれた。

染物の先生についていく弟子は3人で、涼子ともう一人が女性だと説明される。


「共同生活?」

「共同というか……まぁ、そうね。私たち3人で、色々とやらないといけないから、
料理も洗濯も」


涼子はしばらく文明と関われなくなるかもと、そうため息をつき笑った。

敦は大げさだなと言い返す。


「携帯だって使えるだろうし、テレビだって映るだろう」

「そうだけれど……コンビニないわよ」

「そりゃないよ。山の奥に作っても、売り上げ上がらないだろうし」


二人は少しずつ歩みを進めながら、お参り出来る順番を待った。



【18-4】



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