18 兄弟の選択 【18-5】

「ご苦労様です」

「今年もよろしくお願いします」


その頃、岳は昨年から建設に取りかかっている分譲マンションの現場にいた。

現場監督の社員から、どれくらいのペースで進んでいるのか、

内装工事がいつから入るのかなど、説明をされる。

岳は書類の完成図を見ながら、実際の建物とどう変わるのか、

物件に興味を示してくれている人たちが、どれくらいいるのかなど、

細かい質問を並べていく。

ヘルメットを被り、実際のポイントまで向かい、自分の目で確認する。


「すみません、ここは……」


岳は、持ってきたデジタルカメラで数枚写真を撮ると、職人にも話を聞いた。



現場で、話を聞いている岳の車は、

工事現場から少し歩いたコインパーキングに停まっている。

中には、いつもなら持ち出さない木の箱が置いてあった。

それは、岳が幼い頃、亡くなった母からプレゼントされた『クラリネット』で、

ケースは『ロスウッド』の手作り、特注のものになっている。



岳は、年末、送り届けたあずさの実家と、祖父母のお墓が近いことがわかり、

久しぶりに『織田家』の親戚に会った。

『織田祐』という、母の旧姓と同じ名前を知り、

なおかつ、自分に似ていると言われた人物の存在を確かめた岳は、

以前よりも『織田家』を、また身近に感じられるようになる。



『祐は、幼い頃から病気がちでね。親父も心配ばかりしていたんだ』



『織田酒店』をコンビニに変えて、あとを継いだ叔父の清志は、

年も離れていたし、一応兄弟だとはいえ、あまり祐との交流はなかったと、

そう話してくれた。



『体が強くないからかもしれないが、音楽が好きだったみたいで。
大学を出たら、音楽の教師になりたいと、そう言っていたようだ……』



岳はヘルメットを取ると、現場で働いている人たちに頭を下げ、駐車場に戻った。

エンジンをかけ、サイドブレーキを外すとき、バックミラーで『木箱』を確認する。



『21だからな……人生で、一番楽しい時期に。
目標にしていた音楽の教師になって、結婚して、子供を持ってと、
幸代さんも思っていただろうに……』



岳は清志の言葉を思い出しながら、アクセルを踏み込んだ。





その日の午後、昼食を終えた岳と敦は、武彦のところに向かった。

敦はそこで、正式に『豆風家』担当として、異動することを告げられる。

敦は願いどおりになったということが嬉しいのか、明らかに表情を変えた。

岳は、そんな弟の姿を、どこか複雑な思いで見る。


「敦」

「何?」

「お前、本当にそれでいいのか」


岳は武彦から異動の話を受け取った敦に対して、確認するように聞いた。

敦は、『うん』と明確にその答えを返す。


「一度組織を抜けたら、簡単に戻りますというわけにはいかない。それは……」

「わかっている。相原の家に入って、兄さんのようになろうと、
僕なりに勉強して工学部も出たけれど、
でも、気持ちのどこかで『息苦しさ』があったと、今は思うんだ。
『BEANS』に入ってみて、それは確実なものになった。
僕は兄さんのようには仕事が出来ない」


敦は、『Sビル』の件でも、自分の力が足りないと思ったことを、話す。


「柴田社長との交渉も、僕だったら、きっと、オロオロしているだけで、
いまだに何も変えられなかった。
最終的に、耐震の問題で役所から使用許可が下りなくなるくらいまで、
引っ張られていたかもしれない」


敦は、柴田と話すたびに、自分の仕事に自信がなくなっていたと、

今だからと言いながら、語りだす。


「兄さん、言ったよね。僕は自分を押さえて、
自分が貧乏くじをひけばいいと思っているって。もっと強くなれって。
でも、それは違うよ。僕はただ、勇気がないだけだ。強くなろうとしても、
そこには全然、厚みがない。自分が犠牲になるとかならないではなくて、
人任せだったと、本当に今は思うから」


敦は、自分にはライバルなどのことをあれこれ考える仕事よりも、

ホームを必要としてくれる人たちのことを考えて仕事をする方が、

向いているのだとそう言った。岳は、敦がしっかりと自分の意見を持ち、

『選択』していることがわかり、それ以上言えなくなる。


「『豆風家』は、これから間違いなく伸びていく。
敦、社員たちと一緒に、しっかり頑張ってくれ」

「はい」


武彦の言葉に、しっかりと返事をする敦を見ながら、

岳は一人、どんどん重くなる肩のバランスを必死に取った。





岳は、細かい話しを聞こうとしている敦より先に社長室を出て、自分の席に戻る。

午前中、現場に直行したため、数時間席を空けていたからなのか、

考えなければならない次の仕事の資料が、ホチキスにとまった状態で、

3つデスクに置いてあった。

岳はその一つを手に取り、読み始める。

まとめられている資料のため、全ては確認作業と言ってもいいものだった。

あずさが階段から落ちてしまい、腕の骨にヒビが入ったことで、

3ヶ月近く続いていた肩もみが終わった。

それは、ただ以前の状態に戻っただけで、普通に受け入れられるはずなのに、

このあらたな2週間という時間で、

岳の肩は、以前のように重力以上のものを感じながら、より負の存在感を増している。


『建設予定のマンション納期が、材料調達の事情があり、1週間ほど伸びること』

『今までマンション内部の水周りをデザインしていた会社との契約が終わり、
前回プレゼンで決めた会社が用意したものが、モデルルームに届いたこと』


そして。


「……ん?」


岳は一番下に置いてあった1枚の紙を見た後、すぐに立ち上がった。

そして、視線の先にいる泰成を見つける。


「石井……」

「はい」


泰成は呼ばれることがわかっていたのか、すぐに立ち上がった。

そして岳の前に立つ。


「はい」

「これはどういうことだろう。来週は売り出しの物件に、
営業応援をすることになっていたはずだけれど」


岳は、売り出し中のマンションが好評で、営業マンだけではお客様の対応が難しいため、

企画のメンバーからフォローに向かう体制を組んでいた。

泰成のいるチームが引き受けていたのに、どうしたんだと聞く。


「すみません、『岸田』の入札説明を役所の方に」

「岸田の?」

「はい。年末は忙しくて年始にとなりました。2月に入ると役所はさらに忙しいそうで。
ですから、他の方に回していただきたいなと」

「来週だろう……今から」

「わかっています。でも、『岸田』の方も決まったばかりで。今、一番大切な時です」


泰成は、別に営業の応援が嫌なのではないが、

自分たちは今回、『BEANS』の顔になるのだと、宣言する顔つきをした。

岳は、『今のメインはこの仕事だろ』と言われている気がして、それ以上言えなくなる。


「……わかった」


岳はそういうと書類を持ったまま席を立った。

泰成は『失礼します』と頭を下げると、自分の席に戻ってくる。

斜め前に座っている千晴を見ながら、薄っすらと笑って見せた。





【ももんたのひとりごと】

『織田酒店』

岳の亡くなった母、麻絵の実家は、昔、酒屋でした。
しかし、現在は『コンビニ』に。実は、コンビニに狙われるのが酒屋なのです。
お酒を売るには、次の店との距離があるらしく、すでに免許を持っている酒屋は、
乗り換えてもらえると、本部としても楽……だと、聞いたことがあります。
コンビニ、これ以上作るのかと言うくらい、ありますけどね。




【19-1】



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