19 素顔のままで 【19-3】

「岳さん」

「何……」

「そういうところは直した方がいいですよ。岳さんに言われると、威圧感があるんです」

「威圧感? 別に、怒っているわけではないけれど」

「でしょうけれど、試されているような気がするんです。
まぁ、仕方がないですね、いつもそうだから……」


あずさは岳に背を向けそういうと、振り返る。


「では、条件があります」


岳は、『条件とは何か』と言いながら、その場で脚を組んだ。

あずさは軽く頷く。


「教えるとか、そういうかた苦しいのはやめましょう。ここは自由に使ってください。
私も手が治り次第、ここで吹こうと思いますし。お互いに練習場所として……」


あずさはそこまで言うと、岳を見た。

岳はもう一度吹こうと、口をつけたがすぐに外す。


「本当に、自由に使っていいんだな」

「はい。私がいてもいなくても、どうぞ」


あずさは、私がいなければ社長が事務所にいますのでと言いながら、岳を見る。


「そうか……」


岳はそれだけを言うと、『クラリネット』を吹こうとする。

あずさは言葉の続きはないのかと、少し眉を寄せる。


「わかった……それなら半分、俺が払う」


岳は『そう言わせたいと思っているだろう』と、あずさに言った。

あずさは『違います』と言った後、また笑い出す。


「いえ、違いません。その通りです。さすが岳さんですね。
私の浅はかな計画なんてお見通しです。参りました、降参です」


あずさは頭を深々と下げる。


「そう言ってくれという目で、見ていただろ」


あずさは、嬉しそうにハミングしながら、残った用紙をまとめていく。

岳はあずさの背中に、『なぁ』と声をかけた。


「はい」

「行ってみたいのなら、連れて行くけれど」

「どこにですか」


あずさは最後の紙をまとめ、ホチキスで止める。


「織田の家の墓に……」

「……いいです」


あずさは考える間もなく、気持ちだけでと首を振る。


「馬鹿げていることはわかっていますし、
先輩が亡くなったことも頭では理解しています。
でも……自分の記憶から、織田先輩の笑顔を、消したくないんです。
お墓を見てしまったら、その形だけしか残らない気がして」


あずさはそういうと、『すみません』と頭を下げる。


「……そうか」

「はい」


『忘れられない思い』

岳は、あずさの言葉にその思いを強く感じとる。


「消したくない……か」


岳は、あずさにそれ以上、墓参りを強く勧めることはなく、話しは途切れた。





逸美は、食事を終えて廊下を進み部屋に入ると、扉をパタンと閉めた。

たった今、父に聞かされた話を、

複雑な心境で受け止めている自分の気持ちが整理できず、

とりあえず、両親の前から離れることにした。

『エントリアビール』の社長であり、愁矢の父である『上野隆三』が、

急な病により、亡くなったという話だった。

当然、会社は息子や社員たちによって引き継がれるため問題はないが、

『結婚』というおめでたい儀式は、当分控えたほうがいいのではないかということになり、

中村家に連絡が入った。

父と母は、残念だが仕方がないと言い、逸美も当然頷くことになったのだが、

内心、気持ちのどこかに『喜び』があることにも気付いてしまい、

その複雑な感情を押さえ込むため、部屋へ逃げ込んだ。



『まだ、終わりではない』



逸美は、この感情に大きく息を吐き出してしまう。

それと同時に、悟から言われた『逸美は岳ではなく、愁矢の方がいい』という言葉を

思い出すが、『まだ時間がある』という自分の気持ちが、忠告を押さえ込んでしまう。

逸美は、その日、結局誰にも顔を見せたくなくて、

部屋を出ないまま、過ごすことになった。





泰成たちのチームが、『岸田』開発に力を注ぐため、

営業部の応援を、探さなければならなくなった岳は、

社内にいくつかあるチームを動かそうと、予定表を出してもらうが、

曜日が悪いこともあり、ほとんどのメンバーが、先の仕事を持っていた。

持っていないのは、『稲倉』を建設予定地とあげ、

努力をしてきた岳のチームだけになる。

今までも、建設現場に出向き、職人と話をしたこともあったし、

モデルルームとして公開している部屋を、確認に向かったこともある。

そこで数名の客と挨拶をする程度の関わりはあったが、

今回は、完全に営業部員の手伝いで、アンケートを取る仕事だった。


「出ていませんよ、音」

「……ん?」


岳が顔をあげると、そこに立っていたのはあずさだった。

岳は、自分が『リラクションルーム』にいたことを思い出す。


「あ、ごめん」

「何か考え事ですか? 無理にいいですよ、
自由に使いましょうということになっているので、他のことをしてくれても」


「いや……」


岳は『クラリネット』をあらためて持つと、また最初から音階を吹き始める。

あずさも、自分のクラリネットで一緒に音を出し、

『ドレミファソラシド』を吹き終えると、互いに楽器を置いた。



【19-4】



コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント