20 言葉のとらえ方 【20-1】

猪熊は、定年間際の営業マンだ。

現在社長を務める武彦が入社してからしばらく、猪熊の下で仕事をしたこともあり、

岳のことも、幼い頃から知っている。


「今のは……よくないですね」

「よくないですか」

「はい……あれはお客様に対して失礼です」


猪熊はたとえウソだとわかっても、こちらは知らないフリをするべきだと話す。


「猪熊さん、モデルルーム公開の目的は、実際のものを見せて、
良さをわかってもらった上で契約まで持っていくことですよね。
遊び感覚で景品欲しさにきた家族に、サービスをするものではないと思いますが」


住所のウソをつく人間なのだから、アンケートに書く言葉も信用できないと、

岳は訴える。


「まぁ、その通りです。しかし、役に立つのか立たないのかは、
書かせてみないとわからない。
今日は確かに『景品』が欲しくてきたのかもしれませんが、
でも、何度かモデルルームイベントに足を運ぶうちに、
自分たちがこの場所で暮らしたことを、想像してくれるようになるかもしれません」


猪熊は、元々、マンション購入など大きな買い物なのだから、

ほとんどの人間が『決断』を渋ると、そう説明する。


「そんな人間が多いのも承知での、サービスなのですから」


猪熊はそういうと、

メロンパンもお菓子も『味はいいけれど』と笑いながらフォローする。


「別に、『景品』を渋っているわけではありません。
しかし、そんな人間の相手をするのなら、
真剣に購入を希望するお客様の相手をしたいと、そう思うだけです」


岳は、最初から物件を見る気持ちがないことが腹だたしいと、そう考えていた。

建設が決まるまでの苦労は、誰にもわかってもらえていない気がしてしまう。


「そんな人間の、そんな意見なのか、アンケートが役に立たないのかは、
見た後でこちらが決めればいいのです。私たちは警察ではないのだから、
追及など必要ありません」


猪熊は、次は何も言わず、指摘せずにアンケートを取ってほしいと、そう岳に訴える。


「……わかりました」


岳は、ベテランの猪熊に言われたため、これ以上あれこれ言うのはやめようとそう思う。


「1枚の紙に残る声を聞く」


猪熊の言葉に、岳は『どういう意味なのか』と顔をあげる。


「それが出来なければ、相原君がここに来ている意味がないですから」


猪熊はそういうと、昼休みを取ってくると言いながら、プレハブを出た。





「まぁ、『ケヴィン』が」

「はい。今日はモデルルームのアンケートだそうです」


あずさは『アカデミックスポーツ』で仕事をし、

この後、『リラクションルーム』を借りに来るはずの、『ミドルバンド』を待っていた。

小原は、岳自身に愛想はないけれど、頭がいい人だから、

結構無難にこなすのではないかと、そう分析する。


「そうですかね」

「気になるの? 宮崎さん」


小原はそういうと、あずさの顔を見る。


「いえ、別に」


あずさは小原の少し笑った顔に気付き、すぐに話題を変えた。





猪熊に言われたこともあり、岳はその後、明らかにおかしいと思える人にも、

黙ってアンケートをもらい続けた。時折時間があれば中身を読んでみるが、

『とてもよかった』とか、『検討したい』など、無難な言葉が並ぶ。

これだけの時間をかけて、こういった内容しか集まらないのだとしたら、

それほど意味がないと考える。

すると、一人の女性がプレハブの中に入ってきた。

ちらしを手に取り、マンションの模型を見ながら歩く。

岳は席を立ち、その女性の顔を見るが、呼び込まれると思ったのか、

女性は外に出てしまった。

実は、昼過ぎくらいから、その女性は何度もプレハブに顔を出していたことを、

岳は覚えていた。ちらしも同じものを何枚取ったのかわからない。

営業部員がどうぞと声をかけると、『いえ』と断り出て行ってしまったが、

まだ帰っていないところを見ると、やはり何かがあるのだろうとそう思えてしまう。

岳は、モデルルームの公開時間が残り少なくなり、

事務所に立ち寄る客も減ってきたので、少しずつ片付け始めた社員たちの横を抜け、

外に出た。

まだちらしを持ち、マンションの様子を見ている女性に『すみません』と声をかける。


「どうぞ、中でアンケートにお答えください。
何かご質問がありましたら、お聞きしますし」


岳は、あと15分ほどで会場が閉まるのでと、そう説明する。


「いえ……結構です」


女性は、わざわざ外に出てきた岳に迷惑だと言うような表情を見せた。


「アンケートなど書いても、私にはとても買えないと思いますし」


女性はそういうと、あらためて建設中のマンションを見上げる。


「興味を持っていただけたのなら、それで大丈夫です。私たちのマンションは、
ここだけではありませんし……」

「でも、みんな同じですよね」


長い間、会場内を歩き、アンケートを書くことさえためらっていた女性が、

すぐに反論してきたことに、岳はセリフが止まる。

『同じ』というのはどういうことだろうかと、そう思う。


「同じ……ですか」

「駅から5分、クローゼットが広いとか、床暖房だとか、
システムキッチンがイタリア製の高級な素材を使っているとか……あと……」


女性はチラシの文字を指差した。

確かにそこには、今、口から出てきた言葉が、あれこれ並んでいる。


「どうしてこんなに高いのですか」


女性はそういうと、『ふぅ』と息を吐く。

開けようか迷っていた扉を、一気に開いてしまったという大きな呼吸。


「モデルルームを見たら、私にだって素敵だとわかります。
確かに色もいいし、長持ちするはずです。でも、ほら、テレビ番組にもあるでしょ。
もっと安いものを利用して、価格を抑えることが出来たら、
手が届くのにって言う人たちが、たくさんいるのではないでしょうか」


岳は耳の中に飛び込んでくる言葉が、今まで予想していたものと違っていたため、

どう反応していいのかがわからなかった。



【20-2】



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コメント

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いいこと、あるかな

拍手コメントさん、こんばんは

>やっと1番です。
 明日 何か良いことありそう

あはは……ありましたか? いいこと。
私は木曜日に少しカゼをひき、
熱っぽかったのですが、今は回復しています。
これからまた、インフルなども出てきますし、
体調には気をつけましょうね。