20 言葉のとらえ方 【20-2】

マンションを計画する際、素材もデザインも、しっかりこだわった。

だからこそ、ものを見てもらえばわかるとそう考えてきた。

『一生の買い物』という意識は持っていたので、あえて飽きの来ないものを選び、

差別化を計ってきたが、『同じ』という言葉に、全て弾かれてしまう。


「『BEANS』さんって、『豆風家』も経営していますよね」

「はい」

「そうですよね。だったら、もう少し年配層にも優しいものを作っていただけませんか。
主人の両親と一緒に住むことが出来たら、私たちにもなんとか買えるかもしれません。
だったら思い切って2世帯の住宅をと、あるメーカーには言われました。
でも、土地をつけて購入するのは、とても無理です」


マンションなら、土地がそれほど意味を持たない分、手が届くかもしれないと思ったが、

どれも『子供を持つ家族』に向けたものばかりで、

『親との2世帯』を意識した作りにはなっていないと、そう女性に言われてしまう。


「クロゼットに力を入れたとか、リビングを広くしたとか、
それぞれに特徴を持たせられるのなら、車椅子でも入れるものも、作れませんか」


ドアを全て引き戸にしてくれたら、スペースも有効的に使えると、

女性はそう訴えてくる。


「車椅子……ですか」

「親のお金をあてにしないとならないのは、心苦しいところもありますが、でも……」


女性は営業部員が旗を片付け始めたので、これ以上あれこれ言うのは悪いと思い、

『すみませんでした』とその場を去ろうとする。


「待ってください」


岳はそういうと、女性の前に周り、ぜひ、思いを記入して欲しいと、

プレハブの中に案内しようとする。

女性は『いいえ』と首を振り、もう帰りますと頭を下げた。


「でしたら……」


岳は自分のポケットから名刺を取り出すと、その女性の前に出す。


「……企画」

「はい。今日は営業部の応援で来ましたが、本来は建設の担当をしています。
匿名でも構いません。私宛に、ご意見をいただけたら、会社なりの考えをまた、
お返しします」


岳は名刺をあらためて前に押し出した。

女性はそれでも首を振り、その場から走り去ってしまう。

岳は、それ以上女性を追うのは無理だと判断し、その場に残る。

渡せなかった名刺を手に持ったままの岳を、

プレハブの入り口から見ていたのは猪熊だった。





「おぉ、治ったね、腕」

「はい。ようやく自由の身です」


岳が呆然と立っていた頃、あずさは『ミドルバンド』のみなさんと一緒に、

『リラクションルーム』に立っていた。

バンドは来月、ライブを行うことになったと教えてくれる。


「ライブですか……いいですね」

「いいんだけどね、いまいちなんだよ」


リーダーの佐藤は、トランペットを担当してくれていた文房具店の店主が、

ぎっくり腰になって入院してしまったと話す。


「今から誰か代わりを探すにしてもさ、練習時間も少ないし、仕事が別にあるから、
そう簡単には合わせられないだろ」


こうなったら曲名を帰るしかないかもなと、他のメンバーに声をかける。

あずさは『クラリネット』でなら参加するのにと言い出した。

佐藤は気持ちだけで十分だと、笑いながら返事をする。


「ですよね」


あずさはそういうと、部屋を出ようとした。

その時、ふと『プラモデル』店の村田のことを思い出す。


「あ……います」

「何が?」

「昔、プロでトランペットを吹いていた人が、近くにいます」

「誰?」

「2階のプラモデル店の村田さん」


あずさはあれから話に行っていないから、一度聞いてみましょうかと言う。


「あの人、どうなの? なんだか無愛想だし」


ドラムの北村は、難しいのではないかと、首を傾げた。

他のメンバーからも、あまり面倒なことはと声があがる。


「あの……確かに無愛想ですけれど、別に意地悪ではないですよ」


あずさはとりあえず聞いてみますと言いながら、『リラクションルーム』を出ると、

ダメで元々と思いながら、村田のいる店に向かった。





「いいよ、そんなの」


『ミドルバンド』の事情を語ったあずさに、村田は背を向けたままでそう言った。

やはりそうだろうなと思いつつ、あずさは自分のことを話す。


「ストレス発散に……」


あずさは、音楽に触れることで、気持ちがとても楽になるとそう話した。

村田は箱を積み重ねると、エプロンをはたきながらあずさを見る。


「クラリネットで、あんたが参戦すればいいじゃないか。音もよく出ていたし……」


そういうとまた、村田は後ろを向く。

積みあがった箱を一つ取り、それをはたきではたくと、ダンボールに入れた。


「村田さん」


あずさの声に、村田からの返事は戻らない。


「私の音、聞いてくれたことがあるのですか?」


あずさは、以前、『リラクションルーム』の前で感じた人影は、

村田だったのではないかとそう思う。


「今、音が出ているって、褒めてくれましたよね」

「いや、なんとなく」

「いえいえ、プロの村田さんにそう言われたら、すごく嬉しいですけれど」


あずさは『ありがとうございます』と頭を下げる。


「いいですよね、音を出すことって。
楽器も磨いているだけでは、本当の意味で呼吸をしないでしょうし」

「呼吸?」


村田は、あずさの方に振り返る。


「はい。呼吸です。私の『クラリネット』。
ここのところキラキラしているように見えるんです。
音を出せることがとても嬉しいというような」


あずさは、一度ぜひ『リラクションルーム』に来てくださいというと、

村田に頭を下げた。





『豆風家も経営していますよね……』



現地からそのまま解散となった岳は、車に乗った後も、

今日出会った女性の言葉を思い返していた。

マンションの候補地を選び、その場所に決定した後は、どういう設計にすればいいのか、

それなりに考えを巡らせて、建設を始めてきた。

他の会社にはないものを持ちたいと思い、『BEANS』とはという道を模索して、

何度も会議を重ねた。

しかし、あの女性の考えていたことなど、

岳の思いの中には一度も入ってきたことがない。

核家族化が進み、親からお金をもらうことはあっても、その親世代を意識した建築など、

また別のものだと思ってきた。

『豆風家』のホームを作るにあたって、バリアフリーや廊下の広さなど、

そこを重視したことはあるが、それをマンション造りに応用したことはない。

『子供が大きくなる』ということは意識していても、

『親や自分が年を取る』ことを意識したことなどあっただろうかと、岳はまた考える。

信号が青から赤に変わり、ブレーキのかかった車が止まった。

その代わりに、赤から青に変わった車線にいる車達は、岳の目の前を走っていく。

岳は、その流れを目で追いながら、昼間、猪熊に指摘されたことを思い出す。



『声を聞く』



信号はまもなく青に変わり、岳はアクセルを踏んだ。



【20-3】



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