20 言葉のとらえ方 【20-3】

週末が過ぎた月曜日、敦は車を走らせて伊豆で修行中の涼子を訪ねた。

工房まで迎えに行くと、周りのスタッフたちにからかわれるのが嫌だと言われ、

待ち合わせは最寄り駅のタクシー乗り場になる。

場所を登録し、それなりの時間に出てきたが、思ったよりも早く着いてしまい、

敦は車から降りると、運転で疲れた体を思い切り伸ばしてみた。

瓦屋根の家々を見ながら、敦は遠い記憶を呼び起こす。

敦がまだ『野口敦』だった頃には、あまり都会の色など感じない、

地方都市に住んでいた。幼稚園の周りには自然がたくさんあり、

遊具などなくても、石や木、時には不法投棄されたようなタイヤが、

遊び道具の一つになっていた。

敦の本当の父親は、母、浩美の学生時代の同級生だと聞いていたが、

物心ついた時には、母と自分しかいない生活だった。

今の父、武彦と母の出会いは、庄吉が『豆風家』を作ろうと思い立つきっかけを作った、

地方病院でのことだった。

浩美はその病院で受付の仕事をしていた。

浩美を先に気に入ったのは庄吉で、最初の妻麻絵をなくし、寂しく一人でいる武彦と、

母を無くした岳に、新しい家族を作れたらという思いがあったと聞いている。

再婚になる浩美なら、敦という息子を連れてくる女性なら、

苦労も知っているし、岳にも兄弟が出来ると、話しはそこから一気に進んだという。



『シンデレラのような人ね』



幼いながらに、敦は母のことをそう噂する近所の人たちの会話を何度か耳にした。

母が掴んだ幸せを、自分が壊すようなことをしてはならないと、

敦は長い間、ずっとその思いを胸に秘め、生きてきた。


「あつくん」

「うん」


待たせてごめんなさいと涼子が登場し、敦はすぐに首を振る。


「どうしたの? なんだか考え事をしていたように見えたけれど」

「考え事というか、色々と思い出した」


敦はとにかく行こうと、涼子を助手席に乗せる。

車は30分に1本の電車が到着したのと同時に、走り出した。


「思い出していたって、どんなこと?」

「うん……僕が昔住んでいたところに、このあたりが似ている気がして」


涼子は『そうかな』と軽く首を傾げる。


「涼子ちゃんはわからないよ。あの土地に詳しくなりすぎているから。
僕は急に生活が変わったからね、息苦しいことがあっても、
苦しいなんてとても言えないし」


敦の言葉に、涼子は『今が辛いの?』と問い返す。


「辛いというのは違うかな。父も兄も、本当によくしてくれたし。
下に妹が生まれてから、うまく橋渡しになってくれているというか」

「そう」

「でも、あらためて気付かされた。このままずっと、受け入れる人生は嫌だなって」


敦は、自分で選ぶことが出来たと、『豆風家』に春から異動することを話す。


「そうなの?」

「うん。建設からは少し離れて、仕事が出来るようになった。
自分自身が『豆風家』を選択できたこと、それは自分をしっかり持っている、
涼子ちゃんのおかげでもあるよ」


涼子は、敦の言葉に、そんなふうに言われると照れると笑ってみせる。


「さて、見たいと言っていたのはなんだっけ」

「えっとね……」


涼子はポシェットからガイドブックを取り出すと、ここから車で30分くらいだと、

地図の説明をし始めた。





「古賀涼子?」

「うん……間違いないと思う」


その頃、千晴は敦と一緒のフロアで仕事をする鼻息の荒い園田と廊下にいた。

園田は、千晴のブラウスからみえる胸元に視線を動かす。


「そう……」


園田は、自分の同期が『豆風家』の担当として『翠の家』に出入りしていたので、

その女性のことも少し調べてあると、千晴を誘った。


「どんなこと?」

「どんなって……まぁ、それは」

「うふふ……。園田さんって誘うのが上手ね。そんなふうに切り出されたら、
立ち話では申し訳ないと思えるじゃない」


千晴は肩にかかる髪にそっと触れ、園田を見る。


「お酒でも飲みながら、ゆっくり聞いてもいいですか?」


園田は、ここで立ち話をするのは仕事に影響を出すからと言いながら、

嬉しそうに千晴との約束を取り付けた。

園田と別れ、千晴は階段を上がる。

あの誘い方だと、くだらない情報と引き換えに、さらなる関係を求められかねないが、

元々、恋愛に疎そうな男など、千晴にはどうにでもあしらう余裕があった。

いざとなったら、泰成を登場させようと思いながら、席に戻ろうとする。

すると上から岳が降りてきた。

岳は千晴に気付き、軽く頭を下げる。


「ねぇ、岳」


千晴の声に岳は『何』と立ち止まった。

千晴は敦が『豆風家』に移るかも知れないと言うのは本当かと、そう尋ねる。


「担当ではない川井さんに、会社の人事に関して、伝える必要はないと思うけれど」


岳はそういうと、千晴の横を通り過ぎる。


「はぁ……。人事? 私は敦の従兄弟ですけれど」


千晴は、相変わらず愛想のない男だと思いながらも、

その人を寄せ付けない態度に、少しでも距離を近づけたいと思う自分がいた。


「川井さん」

「何?」


予想外の岳からの声かけに、千晴はすぐに反応する。


「ブラウスのボタンは、しっかり止めてもらいたい。
いくら他社の相手と会わない担当とはいえ、社内ルールは守ってもらわないと」


園田が鼻息を荒くした千晴の胸元を、岳はハッキリと注意する。


「あら、別にこれは……」

「ここは建設会社です。あなたが元いたモデル業界のように、美を競う場ではない。
これが自分流だと言うのであれば、それを認める企業に行けばいいことだ」


岳はそういうと、階段を下りていく。

千晴は開けていたボタンをしっかりしめると、岳に向かって、上から舌を出した。



【20-4】



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