20 言葉のとらえ方 【20-4】

「あのへそ曲がりに」

「へそ曲がりではありません。岳さんも自分のことは平気で横の方において、
よく言いますね」


その日の夜、あずさは『ミドルバンド』が困っているので、

村田を誘ってみたことを岳に語った。岳は、絶対に来ないと宣言する。


「絶対にですか」

「あぁ、絶対に来ない。へそ曲がりのことを、へそ曲がりが分析しているんだ、
間違いないだろう」


岳はそういうと、課題曲としてあずさからもらった楽譜を、吹き始める。

まだ練習してから数日なのに、その音色は完璧なものになっていた。

あずさは岳の横顔を見る。

岳を知って、もう数ヶ月経っているのに、まだその姿に祐を感じてしまうのかと、

速まる自分の鼓動を、そう心に説明していく。

見ていると、引き込まれてしまいそうで、あずさは自分も同じ曲を吹き始めた。

二人の音色がピッタリと重なり、思っている以上の音が響く。

岳は主旋律。あずさはその補助。

初めてあわせるとは思えないくらい、タイミングはピッタリだった。

それは、曲を吹いている岳も感じていることだった。

内容は簡単だし、曲も誰でも知っているようなものなのだから、

音が合うことに、それほど驚くことはないのかもしれないが、

どうでもいいこの時間に、明らかに気持ちが癒されている。

『肩もみ』をしてもらった頃のように、体全体に散らばる、あちこちの無理な力が、

どこかから消されていく気がしてしまう。

岳は真剣にクラリネットに取り組みあずさの横顔を見ながら、

『織田家』の墓に眠っている祐の存在を、あらためて考えた。





「今日はありがとう。一日本当に楽しんだ」

「うん」

「明日からもまた、修行に頑張る」


涼子はそういうと、『気分転換』は大事よねと敦を見た。

敦はここから歩いて大丈夫なのかと、涼子を心配する。


「気持ちは嬉しいけれど、あつくんのことを見られたら、その後が面倒なの。
誰なんだ、どんな人なんだって。特に先生とはこれからも会うだろうし」


涼子の言葉に、確かにそうだと敦も頷く。


「大丈夫、ここからは歩いて10分もかからないから。まだ、それほど遅くないし」


涼子はそういうと、何かを思い出したのかバッグを開けた。

出てきたのはお守りで、涼子は車のバックミラーにそれを取り付ける。


「あつくんがこうして来てくれるのは嬉しいけれど、やっぱり距離があるでしょ。
事故に遭わないようにって、少し前に買ってきたの」


涼子がつけてくれたのは、『交通安全』のお守りだった。

東京まで気をつけて帰って欲しいと、そう話す。


「それじゃね」

「うん」


涼子は軽く微笑むと、助手席の扉を開けようとする。

敦は涼子の肩を掴むと、少し強引に体を引き寄せた。

瞬間的に目が合った二人は、自然に唇を重ねていく。

離れがたい思いを、無言のぬくもりに乗せ、優しく包むように抱きしめあった。





「古賀涼子は、『翠の家』に出入りするようになった染物教室の先生に、
弟子入りしている女性で、敦とは昔、知り合いだったらしい」

「昔?」

「そう……幼稚園の仲間だとか、なんだとか、彼女が『翠の家』の職員に、
話したことがあったって」


園田と飲みに出かけた千晴は、涼子が敦と幼い頃に知り合いだった話を聞いた。

千晴も、敦がまだ『野口』だった頃を当然覚えている。

叔母、浩美の相手は大学の同級生だったが、生活が出来た時間は短く、

女が一人、敦を抱えた生活はそれほど楽なものではなかった。


「へぇ……昔のね」

「あぁ……」


園田は千晴にもう一杯飲まないかと、さらに酔うことを勧める。


「……園田さん、誘うのうまいのね」


千晴は少し酔ったような素振りを見せたが、実は全く酔っていなかった。

それでも、色っぽい目で見られた園田は、

この先が期待できると、口元が緩みっぱなしになる。


「敦が『青の家』に出入りして、彼女の手伝いらしきことをしていたのも、
職員から聞いたと、同期が教えてくれたよ。まぁ、化粧っけのないかわいらしい人だと、
俺も聞くだけは聞いたけどね」


園田は実は写真があるのだけれどと、ポケットを軽く叩く。

しかし、園田はまたグラスに口をつけるだけで、写真を出そうとはしない。


「見せてくれないの?」

「あ、ごめん。いや……さすがにそこまでは敦に対してさ。
どんどん情報を明らかにするのは、俺も心苦しいというか……」


園田は、千晴にもっと深い関係を望むつもりで、そう言い返した。

千晴はあまりにも見え透いている手だと思いながらも、『はぁ』と息を吐く。


「園田さんに、私、軽いと思われているんですね」

「エ……」

「何かで釣れば、簡単にひっかかるって、そう思われているのがよくわかります」


千晴は写真は見たいけれど、そういうのは嫌だと、下を向く。


「いや、あの……」

「私、芸能界にいたでしょ。だから派手なことが好きだと思われるみたいで。
でも、あの華やかでルールのないような場所が嫌で、辞めてきたの。
毎日、しっかりと一歩ずつ歩ける人生がいいと思っているのに、
そうは取られないんですね、ショックです」

「千晴さん」

「情報を出しきってしまうことに、同僚として罪悪感があるのも理解できます。
写真は諦めます、ありがとうございました。これで十分です」


千晴はそういうと、ここは自分が支払いますと、立ち上がる。


「いいの? 写真」

「いいです。なんだか自分が悪いことをしている気持ちになりました。
園田さんの言うとおりです。後は清々堂々と敦に聞きますから」


千晴はありがとうと頭を下げ、支払いを済ませるために伝票を持つ。

園田はちょっと待ってくれと、千晴を止めた。

千晴は園田に背を向けたまま、軽く口元を動かす。


「俺だって、そんなふうに思われたら嫌だよ。千晴さんは素敵な人だから、
役に立てたらと思っただけで……妙な気があると思われるのは……」


そういうと、ポケットから写真を取り出し、千晴に渡す。


「はい、この人」


千晴はホームのお年寄りたちと笑顔で染物をしている、涼子の写真を受け取っていく。


「別に悪いことじゃないよね、互いにあいつのことを心配しているのだから」


園田はそういうと、今までの態度とは違う行動を見せる。


「園田さん……ごめんなさい、私」

「いや、いいんだよ」

「園田さんにも妙な気があるのかなんて、失礼でした」

「いや、俺も言い方が悪かったからさ。また飲もうよ」


千晴は『はい』と明るく答えながら、思い通りに動く園田の存在を、

心の中で笑っていた。



【20-5】



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