20 言葉のとらえ方 【20-5】

「最後に、音を外しましたよね」

「いや、音は外れていない」


岳はそういうと、それ以上追求されたくないと言う意思表示なのか、

『クラリネット』を片付けだした。

あずさは岳に背を向けながら、どうしてこうひねくれているのだろうと考える。

クラリネットを教えて欲しいと言われ、あずさがスタジオを借りている日に、

毎回来るようになっているが、実際には、何一つ聞かれたことがない。


「昨日……」

「何かやってしまいましたか」


あずさは、すぐに岳の方へ振り向いた。

アンケートのことは気になっていたが、『関係ない』と言われるのが目に見えていたので、

あえて聞かないままにしてあった。

岳はアンケートも取れたし、お客様の生きている声も聞けたとそう話す。


「そうですか」


『失敗話』など、もしあったとしても、岳が自分にするわけがなかったと思いながら、

あずさはよかったですねと、引き気味のトーンで答え、『クラリネット』を箱にしまう。


「よかったですねが、よかったようには聞こえないな」

「そうですか?」


あずさは、それは岳の言いがかりだと、すぐに答える。


「同じだと言われた」

「エ?」


岳は椅子に座ると、『BEANS』の売り出している分譲マンションが、

同じだと言われたことを話す。


「同じ」

「クロゼットがある、キッチンがどう、それが同じだと言われたんだ。
そんなことはないと説明をしようとしたけれど、散々文句を言われた挙句に、
走っていなくなってしまった」


岳は、あぁいうヒステリックな客は、

きちんと担当者の話を聞いていないのだと、愚痴を言う。


「ヒステリック」

「そうだ。納得がいかないのなら、いくまで聞けばいいし、希望があるのなら、
それで探すことは出来ないかと頼めばいいんだ。それを自分が知ろうと努力もせずに、
こっちが悪いと決めつけて」


岳は長い時間ウロウロして時間がもったいないと、そう言った。


「お客様がウロウロしていたということですか」

「そう。アンケートの場所に、入ったり出たり」


岳はそういうと携帯を見る。


「ヒステリックですかね……。長い間ウロウロとしてしまうのは、
自分の言いたい内容がどこか身勝手だなと、遠慮しているからではないですか?」


あずさは、100%自分が正しいと思っているのなら、正々堂々と意見を言えるが、

もしかしたらとか、これはと心に疑問符があった場合、

なかなか気持ちを表にするのは難しいと、そう話す。


「遠慮?」

「そうです」

「意見を言うのに、どうして遠慮しないとならないんだ」


岳は、意見は伝えなければ意味がないと、そうすぐに反論する。


「岳さんならそうでしょうけれど……」


あずさは、それほど深く考えずに、そう言ってしまった。

すぐに戻ると思っていた岳の言葉は、そこから戻ってこなくなる。

数秒が、また数秒重なっていく。


「俺が……って、どういう意味だ」


あずさは、また岳の機嫌を悪くしてしまったかとそう思った。

思っていたことをそのまま、考えずに出してしまうとこうなるのだと、あらためて考える。


「いえ、すみません。岳さん、バイトをしたことがないと、
この間話してくれましたよね」


岳はクラリネットの部品を外しながら、『そうだ』と頷く。


「今まで会ったことがない人と、一緒に仕事をするようになると、
自分の言葉に相手はどういう感情を持つのか、気にするようになります。
だって、妙な空気になったら、やりづらいでしょう」


あずさは、自分の意見を出す前に、自分の気持ちの中で考えてみたりするのだと、

そう言いながら、岳と同じように部品をわけていく。


「あの客も、そうだったと」

「はい。実際に私が見たわけではないので、絶対ではないですが。
何度も会場に出入りして、言おうか、聞こうか迷っていたのは、
きっと、『BEANS』の物件に、魅力を感じていたからだと思います。
だからこそ、自分の言いたいことを言ってしまったら、どう思われるだろうと、
何度も何度も考えていたのかなと……。それに、『同じ』だと言ったのは、
もしかしたら……」


あずさは色々な突破口を考えて、お気に入りの物件に近付こうとしたけれど、

結局自分とその物件との距離が縮まっていかないから、

それで『同じ』と表現したのではと、あくまでも自分流ですがと言いながら分析する。


「距離……」

「はい。岳さんは物件の中身が『同じ』だと、
そのお客様の言葉を受け止めたのでしょうけれど、私は別の見方をしました。
ほらね、人って捕らえ方が色々なんです。2階の村田さんのように……」


あずさから『村田』の名前が登場し、岳の顔色が変わる。

あずさから見ても、明らかに嫌そうな表情だった。


「人の感覚はそれぞれですから、もう少し……」

「アンケートの女性の嘆きと、あの店主を一緒にするな。
まだ認めないのか」

「認めないって……まだ、わからないです」


あずさは、『完全アウト』だと言われていないのだからと、ぼそっとつぶやく。


「完全アウトね……。宮崎さん、君はいい加減に、
無駄なことに力を注ぐのはやめたほうがいい。
村田と言う人は、人の意見など、聞く耳を持たないだろう。
素直な人間なら、そもそもあんなチラシを作らないだろうし」


岳は、そこまで言った後、もし、あの人物がここに来るのなら、

自分は遠慮するとそう言い始める。


「また、そうやって決めつける。確かに難しいかもしれません。
でも、岳さん、素直に聞いてみたいと思いませんか?
村田さん、元、プロの演奏家ですよ。昔、ここで演奏会を開いたって、
柴田社長からも聞きましたし。そうそう、庄吉さんが集めてくれて……」


あずさは、このビルがなくなる前に、そんな演奏会が出来たらと天井を見る。


「『ミドルバンド』のみなさんにお願いして、懐かしいジャズとか……。
昔、ここから旅立った『BEANS』の人たちも懐かしいでしょうし……。
そうだ、会長にお話ししたら、許可してくれるでしょうか。
そうしたら、それをきっかけに、バンド参加も村田さん、考えてくれるかな」

「許可? ここでの演奏会をか」

「はい。当時のメンバーはとても無理でしょうけれど、
そこに村田さんが入って、庄吉さんとかうちの社長とか、懐かしいと思える人たちが、
集まることが出来たら……」


あずさは、どんなに頑張っても残り1年で出て行くことになるこのビルと、

お別れの意味を込めてと、岳を見る。


「宮崎さん、一つ聞いてもいいかな」

「はい」

「君は、何を得るためにそれをやろうと思うんだ」


岳は、儲けにならないようなことを考え、こうして自分でお金まで払っているのに、

さらに面倒なことをしようとする理由を、あずさに尋ねた。


「何を得るため?」

「あぁ……このビルを出て行って欲しいという理由については、
『BEANS』側から散々話しているだろう。耐震の……」

「築年数があるので、耐震工事が難しい」

「うん」

「それはわかっています。でも、何か行動を起こすことで、
気持ちの区切りがつくのではないかと」


あずさは、ここで演奏することが出来たら、そこに庄吉が来てくれたら、

村田にとって、長い間自分の人生とともにあったこのビルから

離れる決意がつくのではないかとそう話す。


「『アカデミックスポーツ』のみんなも、きっと、区切りがつくと思うんです」


あずさの言葉に、岳は『アカデミックスポーツ』もこの場所を離れるのだと、

あらためてそう思う。


「そういえば、次の場所、探しているのか、柴田社長は」

「色々と動いているようですけれど、まだ決まってはいないのかな」


あずさはそういうと、そろそろ出ましょうと立ちあがる。

岳も質問はそれだけにして、『リラクションルーム』を出た。





【ももんたのひとりごと】

『ミドルバンド』

50代になると、子供たちからも手が離れ出し、自分の時間が増えるため、
青春時代の趣味に、『もう一度』と気持ちを動かす人たちが増えているそうです。
我が家の近くに住む『ママ友』から、ちょっとした情報をいただき、
今回、そんな人たちをお話に登場させてみました。
皆さんの趣味は何ですか? 私の趣味は……この場所ですね(笑)




【21-1】



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