21 恋の糸 【21-1】

岳が『クラリネット』の練習に励んでいた頃、

梨那は、友人の『岡野かおる』とディナーに来ていた。

かおるの父親は、テレビ番組を持つほどの有名な『パティシエ』で、

全国に店も持っている。


「クリスマスから、会っていないの?」


かおるは、誘われもしないのかと梨那を見る。


「仕事が忙しくなると一直線というか、他のことが全て面倒になることがあって……」


梨那は、あくまでも『仕事』が自分の上を行っていると、かおるに説明する。


「とかなんとか言って、他にも女がいるって、前に愚痴らなかった?
なんだっけ……えっと、どこかの……」

「『中村流』の人のことでしょ」


梨那は、以前、どこかの店で食事をしている逸美を見たことがあった。

もちろん岳と一緒にいたわけではないが、自分とは正反対に、

意見をしっかり前に出すタイプに思えた。


「その人はもういいの。婚約したし」

「婚約……誰と」

「『エントリアビール』の次男。上野愁矢さん。両家は昔から親しかったらしい。
だから……もういいの」


梨那は、そう言いながらも、こういう気持ちになるのが嫌だから、

『結婚』のハードルを越えたいと、かおるに愚痴を言う。


「『結婚』ねぇ……そんなにしたい?」


かおるは、男は得をするけれど、女は損なことが多い気がすると、

ナイフを動かしていく。


「損なこと? そうかな」

「そうじゃない。男女平等なんて言っているけれど、
男は絶対に家にいる女が好きでしょ。自由はなくなるし……」


経済的にも余裕がある生活をしている今、あえて結婚などして、

自分を縛りたくないと、かおるは首を横に振る。


「かおるの家はお兄さんがいるからよ。うちは3姉妹で、私の年齢の時には、
2人の姉はすでに結婚してしまったから。父も『平均』のようなものを、
やけに気にしているというか……」


梨那は3月の誕生日で、26になってしまうと、ナフキンで口元を押さえる。


「26……まぁ、確かにそうだけれど。だったら、ちゃんと言えばいいじゃない」


かおるは、岳もそれなりに付き合っているのだから、

『婚約』だけでも済ませて欲しいと頼めばいいのではと、そう言い返す。


「うん……」


梨那は、『そうだよね』と返事をすると、またナイフとフォークを動かした。





そんな梨那とは別の立場で、複雑な気持ちを抱えている女が、

実は同じホテルの別の店にいた。

父の葬儀を終え、東京に来た愁矢が、逸美に会いたいと連絡を入れてきたため、

二人は時間を決めて会うことになる。


「逸美さん、葬儀に参列してもらって、ありがとう」

「いえ……」


逸美は少しやつれたように見えた愁矢に、お体は大丈夫ですかと尋ねた。


「はい、なんとか。でも、あまりにも突然だったので、
正直、兄も僕も気持ちが追いつかなくて」


愁矢の気持ちは当然だと、逸美は数回頷いていく。


「逸美さん」

「はい」

「こんなことがあったので、式を先に延ばすのは、仕方がないことだと思うのですが」


愁矢はそこまで言うと、逸美を見た。

逸美は、何を求められているのかがわかる気がして、思わず下を向く。


「一緒に……暮らしませんか」


愁矢は、気持ちが落ち込んでいる今、あなたと一緒に過ごしていたいとそう口にする。

逸美はすぐに返事が出来ず、黙ってしまった。

二人の間に、なんともいえない空気が、流れていく。


「ごめんなさい、そうですよね。きちんと式を挙げなければ、
ご両親も納得されないでしょう。すみません、僕のわがままです」

「いえ」


逸美も思わず、そう返していた。

確かに両親の決めた相手とはいえ、

岳へのゆがんだ思いに気持ちを揺さぶられている自分と違い、

愁矢はしっかりと逸美自身を愛してくれていた。

強引になることも、一方的になることもなく、いつも優しい言葉と声で、

震える身体を抱きしめてくれている。

岳と同じように、大学時代よく話しをした悟も、愁矢を選べとそう言っていた。

聞いたときには余計な一言だと思ったが、

岳のことも愁矢のことも、知っている人からのアドバイスだからなのか、

逸美の心に、それなりの重石を置いたままになっていた。


「愁矢さんのお気持ちに、応えたいのですが……」


逸美は、整理整頓をつけようと思う頭をは別に、思わず本音を吐き出しそうになった。

実は、長い間心を寄せた人がいて、その別れが未練と憎悪、両方の思いを絡め、

気持ちが揺れている。

しかし、そう言ってしまうことは、

目の前にいる愁矢を傷つけることだとわかっているので、寸前のところで止める。

自分を信じ、未来を作ろうとしている愁矢に、心も体も全て向かわせなければ、

いけないのだからと、必死に言い聞かせてみるが、思いは空をさまようだけで、

何一つ、動かない。


「逸美さん、そんなに悩ませるつもりはありませんでした。
やはりきちんと順序を踏みましょう。一人娘さんを送り出す、
ご両親の気持ちもありますから」


愁矢は、今言ったことは忘れてくださいとそういうと、笑ってみせる。


「……ごめんなさい」


逸美は心の奥底からそう告げる。

その日は、同じホテルの部屋を取り、二人は朝まで過ごすことにした。

愁矢に抱きしめられているときには、間違いなく『愛されている』ことを感じるのに、

流れるように進む時間の中にいると、気持ちは急にぶれ始める。

今日こそ、自分の全てでこの波を受け入れるのだと思いながら、

逸美は揺れ続けるものの、目を閉じると、別の気持ちがまた顔をのぞかせる。



『思い通りになるものかと、体を起こした日』



逸美は愁矢の背中に手を回し、自ら唇を重ねていく。

ただ、何もかも忘れさせて欲しいと、そう願った。



【21-2】



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