39 親心のベクトル 【39-1】

「おはようございます」


まどかが席に着くと、前に座っていた岳から声がかかった。

まどかはすぐに荷物を置き、『おはようございます』と挨拶する。


「この間、見せてもらった案。なかなかしっかり出来ていると思う」

「はい」


まどかは、自分なりに数ヶ月気持ちを入れて書き上げたと話す。


「相原さん。今度の計画メンバーに、私も入れていただけないでしょうか」


まどかの提案を聞いた泰成は、すぐにまどかを見る。

『BEANS』の企画に入る人間は、いずれ、みなチームへ所属されていくが、

最初の2、3年は先輩のフォローをするのが当たり前で、

下積みなしの飛び級社員は、今まで一人も存在しない。


「合同チームの中にということかな」

「はい。正直、私のこの案より低いレベルのものが、先日の会議で検討されていました。
もちろん相原さんはそれを選ばれませんでしたが……」


まどかは参加させてもらった会議で見たものよりも、この方がいいのではと提案する。


「年功序列や、慣例にこだわるのは、一流企業とは言えません」

「まぁ、そうだね」


岳はまどかの意見に賛同するようなコメントを出す。

コピー機の前に立つ千晴も、『そんなことがありえるのか』と二人を見た。

泰成を始めとした社員たちも、岳が何を言うのか注目する。


「朝原さん」

「はい」

「君の得意なことは、確か『肩もみ』だと……」

「あ……はい」


新人の自己紹介で、まどかは確かにそう言った。岳はそれならばと条件を出す。


「君に実力があるのはわかる。でも、すぐには返事が出来ない。
だから2週間、俺と一緒に行動してくれないか。朝原さんにはその間、
『肩もみ』をしてもらいます」

「……肩もみをですか」

「うん。その間は、一緒に会議にも出てもらって構わないし、
現地の視察にも連れて行きます」

「……はい」


まどかは、とりあえず岳と行動が出来るのなら、それで構わないと頷いた。

自分がそばでアピールする時間さえ持てたら、実力は評価されるだろうと考える。


「よろしくお願いします」


まどかはすぐに頭を下げると、自分の席に戻っていく。

岳の『決断』に泰成を始めとした社員たちは驚きながらも、

誰からも文句が出ることはなかった。





「なんなのよ、あれ」

「さぁ……相原さんの考えることはわからないよ」

「わからないじゃないでしょう」


千晴は泰成と飲みに行ったバーのカウンターで、枠から外れた新人、

朝原まどかに対して、怒りの状態にあった。泰成も、まどかは途中入社出し、

確かに実力もあると認めるような発言をする。


「なんだかガッカリ」

「ん?」

「最初は、自分は権力にただ従うようなことをしない、
アウトローのようなことを言っていたのに。
近頃、すっかり牙を抜かれているじゃない。何よ、ガッカリ」


千晴はそういうと、泰成に対して体を斜めにし、精一杯の抗議の姿勢を見せる。


「あのさ……」

「相原さんは変わった。昔のようにトゲトゲした感じはなくて、とても余裕がある。
あれだけの人に、あんなふうにこられたら……でしょ」


千晴はカクテルを飲み干すと、すぐに立ち上がる。


「帰るわ……」

「千晴……」

「二度と誘わないでね」


泰成に対して、決別宣言のようなものをすると、

千晴は振り返ることなく、店を出て行った。





その日の夜、岳は武彦に呼ばれ、両親のいる部屋を訪れた。

仕事の相談なら、会社ですればいいことも武彦はわかっているはずで、

それならば話しはどういうことなのかと思いながら進む。

ノックをすると武彦から入りなさいと声がした。

岳が中に入ると、武彦がひとりで座っていた。


「何か、ありましたか」

「まぁ、座ってくれ。そう、心配そうな顔をするな」


武彦はそういうと、何か飲まないかとグラスを出す。

岳は、部屋の中に浩美がいないことに気付く。


「お母さんは……」

「浩美には、岳と話をしたいからと頼んだ」


岳は、武彦を見る。


「明日、青木さんとお会いする」


岳は、その時に初めて、梨那の父が武彦に連絡をしてきたのだとわかる。

話の可能性は、一つのことだけだった。


「すみません……」

「うん……」



岳の前に、ウイスキーのグラスが置かれた。

大きめな透明の氷から、細かい泡がグラスの中に現れては消えていく。


「青木さんからは具体的にどういった話だと、言われてはいないけれど、
お前と梨那さんのことだと思って、間違いないだろう」

「はい……」


岳は武彦を見ると、『先日、別れて欲しい』と話したことを告げる。


「そうか……」

「自分勝手なことですが、黙っているわけにもいかないと思い、
正直な気持ちは伝えたつもりです」


岳の言葉を、武彦は黙って聞いた。

互いに無言の秒数が、1、2と重なっていく。


「お前が、この前、あずささんを連れてきたとき、私にも予想がついた」


岳は、あの引っ越しの日、自分が何か言っただろうかと、その場で振りかえる。

武彦は、グラスに口をつけ、それをテーブルに置いた。


「私自身、自分の人生は自分で決めてきた。大学に進むまでの中で、
父にも、こうしろと言われたことは一度も無い。お前の母、麻絵とも、
互いに惹かれるものがあり家庭を持つことになったし、浩美ともそうだ。
子供を抱えた者同士で、新しい1歩を踏み出せると、そう考えたから今がある。
だから、岳の気持ちに対して、あれこれ言うつもりはない」

「……はい」


岳は、今まで確かに、武彦に細かいことを言われたことがなかったと振り返る。


「ただ……青木さんから連絡をもらって、同時に東子のことを考えた」


岳は、以前もその話を出されたことを思い出し、小さく頷く。


「男と女で子供に対する心配の意味合いが違う。気持ちが動くのは仕方がないとは言え、
梨那さんの感情を、お前がしっかりと受け止めることが大切だろう。
青木さんの望むことは、そういうことだと思う」


岳は、梨那と過ごしてきた数年の日々を思い返した。

3年の間、相手のことを考え、その立場にたつことがあっただろうかと考える。


「迷惑をかけてすみません」


岳は武彦にそう言うと、頭を下げる。


「何を言っているんだ。私は、お前に父親らしいことをしてやれるのかと、
少し嬉しくもあるのに……」


武彦は、なかなか美味しいお酒だからと、岳に勧めていく。


「お前も敦も、近頃の仕事振りは、本当にたくましくなった」


武彦は嬉しそうにウイスキーを飲む。


「いえ、まだまだです」

「完璧になる必要などない。うちには優秀な社員たちがたくさんいる。
全ての人間が力を出せてこそ、『BEANS』の意味があるからな」

「……はい」


自分が絶対的な存在でないとダメだと思っていたときとは違い、

岳は武彦の言葉に、心の底から納得する。そしてグラスを持ち、

武彦の気持ちに応えるため、ウイスキーに口をつけた。



【39-2】



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テーマ : 恋愛小説
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