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54 心の距離 【54-5】

「群馬?」

「はい」


相原家では、朝食に姿を見せなかった岳のことを気にした浩美が、

滝枝から事情を聞いていた。『群馬』と聞き、思い浮かぶのは一つの場所しかない。


「あずささんと、ケンカでもしたのかしら」

「わかりませんが……会社から戻ることなく行かれましたので」


滝枝は、片づけをこなしながら、岳のことを考える。

母を亡くし、ずっとどこか我慢しているように見えた岳が、

自分の思うとおりに、日々、生活している気がして、嬉しくなっていく。


「あ、お母さん、いたいた。ねぇ、すぐこれ書いて」

「何?」


制服姿の東子が出したのは、『学部決定』に関する書類だった。

用紙を提出することで『決定』だということを、中身を読んで初めて知る。

浩美は、どうして早く見せないのと、文句を言い始めた。


「いいでしょう、私が願った『文学部』に入れるのだから。文句を言わないの。
ほら、今日出さないと、辞退だと思われちゃうよ」


東子はそういうと、早く、早くと浩美を急かす。


「全く、あなたはねぇ……」


お小言を言いながらも、書類に印鑑を押している浩美を見ながら、

滝枝はキッチンから出ると、庭の花壇の手入れをしようと、玄関を開けた。





「始まったんですね」

「あぁ……」


『宮崎家』から『東京』に向かうあずさと岳は、

埼玉にある、分譲マンション建設の始まった場所に訪れた。

以前、庄吉を連れて墓参りをした時には、まだ何も始まっていなかったが、

大きな機材が入り、地下の状態を整えるための基礎工事がすでに始まっている。

岳は、目を動かしているあずさの表情が、穏やかなものになっていることに気付く。


「来週、敦と来ることになっているんだ。地元の業者との打ち合わせもあって」

「そうなんですか」


あずさは『新しいもの』を見ている岳の横顔を見ながら、自然と笑顔になる。


「あずさ……」

「はい」

「何か、これからやりたいことはあるのか」


岳の問いかけに、あずさは『どういう意味ですか』と聞き返す。


「いや、仕事としてやってみたいこととか、何かあるのかなと」

「やってみたいこと……」


あずさは、しばらく考えるポーズを取るが、答えが出てこない。

岳はそんなあずさを見た後、もう一度工事現場に視線を向ける。


「それなら、焦らないほうがいいな」

「焦らない……ですか」

「あぁ……。少ししたら、いい提案が出来るかもしれない」


岳の言葉に、あずさは横を向く。


「いい提案……って、何ですか」

「少ししたらと言っただろう」


岳は、そろそろ東京に向かおうと、車に戻ろうとする。


「『BEANS』とか、『豆風家』はダメですよ」

「わかっている。二度目の提案などしない。
『二度目』というのが嫌いなことは、前にも話しただろう」


岳の言葉に、あずさは以前、祐の墓参りをした日のことを思い出す。

トランペットをもう一度吹いて欲しいと頼んだ時に、岳は『二度目』を避けた。


「そうでしたね」

「ほら、行こう」


岳は、考えがそれではないことを認めたものの、『提案』については語らないまま、

エンジンをかけ始める。

あずさは助手席に座りながら、あらためて岳を見た。


「もしかしたら……」

「ん?」

「『Sビル』ですか? 今、工事をしていて、ほら、出来上がりますよね、
来年にも。あ……そういうことも、私」

「ほら、シートベルト」

「あ、はい」


あずさがシートベルトをつけているのを確認した岳は、

あらためて『BEANS』のある『東京』に出発した。





嵐のような1日が終わり、あずさと岳は『東京』に戻った。

それから2日後、岳は武彦と一緒に、あらためて『青木文明』と向き合うことになる。

先についた岳と武彦は、後から登場した文明にしっかりと頭を下げた。

文明は、堅苦しい事はやめましょうと、武彦と岳に座布団を勧める。


「今回は、こちらの申し出を受け入れてくださったこと、本当にありがとうございます」

「いえいえ、とんでもない」


文明の視線は、斜め前にいる岳を見た。





「そうですか、それはよかった」

「青木会長はさすがに顔も広いし、力もある。『高岩建設』との件も、
すぐに動き出しそうだ」

「そうですか」


武彦は仕事を終えて家に戻ると、『トラブル』について心配していた浩美に、

流れを話した。文明はすぐに『高岩建設』に話を持っていくと、

互いにこれからの建設業界をリードしていく立場になるのだから、

目を下に向けず、広い世界に向けていった方がいいと、そうアドバイスをしてくれた。


「『高岩建設』は、歴史がうちよりも長いために、保守的なものの考えをする社員が多い。
しかし、今の若い社員たちは、冒険とも言えるようなものでも、
チャレンジしていきたいという意欲がある。
それを押さえ込んでいたところがあるかもしれないと、そう……」

「押さえ込んでいた」

「あぁ……『BEANS』の開けたアイデアやデザインに、憧れているものが多いのだと、
そう青木社長に話したそうだ」


武彦は、文明と会った時に、岳が『高岩建設』の物件について語ったことを話す。


「岳は、『高岩建設』の物件に、基本に帰るという気持ちを思い出させてもらったと、
そう言っていた。青木会長はその話も向こうにしてくれたそうだよ」


『基本』があること。

地味で何も特徴がないように見えるが、客が求めているものは、

結局、安全性と使い勝手であること、それが『即日完売』の物件から、

学べたことだった。


「よかったですね、とにかく。大きなことにならなくて」

「あぁ……どちらにも損だけで得がないだけに、本当によかった」


武彦はそういうと『お茶』を入れてくれないかと、浩美に頼んだ。





【ももんたのひとりごと】

『架空の場所』

今回、あずさの実家は『群馬県』にあるということになっています。
とはいっても、架空の場所なので、『どこ』と決めているわけではありません。
埼玉との県境くらいで、東京からもある程度電車が通っている場所……
それくらいのイメージで書いています。実際の場所を使ってしまうと、
『現実』がどうしても頭を支配して、イメージが膨らまなくなる気がするんですよね。




【55-1】



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テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:momonta
育てた怪獣2匹は、すっかりかわいさを無くしたため、今や『犬愛』に目覚めたお気楽主婦です。日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
飲み物片手に、立ち寄ってくださいね。

なお、作品の無断転載やお持ち帰りはご遠慮ください。著作権は放棄していません。お願いします。

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