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16 言葉の本質 【クラシック】 ④

16-④


まぶたが開く。

動いたら、上村さんが起きてしまうかもしれないけれど、

私の方が奥にいるため、向こうの幅がわからない。


「……どうした?」

「あ、ごめんね」


起こしてしまった。


「そっち、狭くない? もう少しこっちに来られるけれど……」

「僕は大丈夫だけれど、狭いよね」

「ううん……」

「僕が、ソファーで寝ようか?」


上村さんは、自分がソファーで寝ようかと、言い出した。

私はそれは必要ないと首を振る。


「大丈夫……このままでいて」


一緒にいたい。

ただ、素直にそう思う。


私は春の夜、新しい恋に向かって、踏みだしたのだから。

今、確かに『愛されている』ことを、ただ、感じていたい。





上村さんとの時間は、それからも少しずつ重なった。

互いに仕事がある日には、食事をして別れることももちろんあったが、

始まったという気持ちの高鳴りなのか、ホテルに部屋を取り、朝まで過ごすこともあり、

そんな日の後は、一度部屋に戻り、着替えを済ませてから出社した。


「おはようございます。中谷さん、今日も肌のつや、いいですね」


二宮さんが、遅めの出社をした私に対して、わざとそうふっかけてくる。


「何言っているの。今日は立ち寄り場所があるからと、編集長には言いました」

「いいじゃないですか、この職場のいいところなんですから。活用しないと」


二宮さんは、いつも忙しく働いて、

どうにもならないくらい、こき使われることもあるのだから、

これくらいの特権、あっても当然だと胸を張る。


「ほら、いいから……いただいてきた原稿、早く入れなさいね」


私はそういうと、二宮さんの前を通り過ぎる。

余裕のあるふりをしながら、『少し考えないと』と自分で行動を振り返った。

この2週間で2度、こんな遅めの通勤時間を活用している。

昨日は、食事だけで終わりにするつもりだったのだ。

でも、上村さんが明日から1週間、九州に出張だと聞き、

互いに名残惜しくなってしまった結果、この時間。


「おい、中谷」

「はい」


斉藤さんの代わりに、

編集部のお薦めコーナーを担当することになった吉田さんから、声がかかった。

そういえば、そろそろ今年の選考準備を、早川先生にお願いする時期だろうか。


「はい……すみません、遅くなって」

「いやいや、それはいいんだ。これ、早川先生に渡してくれないか」

「はい」


思っていた通りの用紙。

私は封筒の中に入れ、先生の予定を伺い次第と返事をする。


「先生にはさ、あらかじめ了承してもらっているのだけれど、新人賞。
それは眉村先生のところの……えっと、誰だっけ。この間、作品を掲載した……」



園田さんのこと……



「あぁ、はい。園田亜矢子さんですか」

「そうそう、彼女に決めてあるんだ。今年は新人の投稿採用が極端に少なくて、
作品の質も、先生に審査をお願いするほどのものではないし」



『新人賞』



あれから作品を描く気持ちがないと、聞いているけれど、

これで気持ちが変わるだろうか。

啓太と絵だけで交流する間柄から、少なくとも動きはあるのだから。


「わかりました」


上村さんとの時間で、得ていた幸せな気分は、園田さんの名前が登場したことで、

一気にしぼんでしまった。


「はぁ……」


わかっている。私は自分からこの道を選んだ。

将来など、考えたくないと言っていた啓太の気持ちを変えたいと、

自分から殻を破ったのだ。

それでも、もう、過去のこと。

私は、未来へと続く道を、一歩ずつ進んでいるのだから。



もう、いちいち考えるのはやめよう。



編集部の窓から外を見ると、真っ青な空の中に、小さな雲が2つ浮いていた。





『熊本は、思っていたよりも元気だった』



九州に出張になった上村さん。1週間で熊本と、長崎、福岡と、3県を巡るらしい。

スーツケースを片手に、移動しているのかと思うと、

サラリーマンも色々と大変だなと、そう思えてくる。

私も、残業が多いなんて愚痴らないで、頑張っていかないと。


「あ……いたいた、中谷さん」


今日は、私よりもゆっくり出社した二宮さん。


「何、どうしたの」

「玄関にお客様ですよ。若い女の子。中谷未央さんをお願いしますって、
フルネームで言われましたから」

「客? 予定ないけど」

「いいから言ってくださいよ。私、来ているかどうか見てくるって、
そう言いましたから」


二宮さんは、大学の後輩とかではないですかと、適当な言い方をする。


「大学の後輩?」

「そうですよ、ほら、就職活動の一貫で、先輩を訪ねるとか……」

「それはないと思うけどな……まず、連絡なしには来ないでしょう」


とりあえず、フルネームを出されているのだから、勘違いということはないだろう。

私は席を立つと、階段を降りていく。



『若い女の子』



ふと、足が止まる。

そういえば、以前もこんなことがあった。

香澄ちゃんが私のところに来て、啓太が好きだと宣言した。



まさか……



私は手すりに軽く触れながら、そこからは一気に下まで駆け下りた。



16-⑤




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テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

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育てた怪獣2匹は、すっかりかわいさを無くしたため、今や『犬愛』に目覚めたお気楽主婦です。日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
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なお、作品の無断転載やお持ち帰りはご遠慮ください。著作権は放棄していません。お願いします。

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