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20 出来ない相談 【ブルームーン】 ④

20-④


私の頭が混乱しようと、仕事は止まってくれない。

今日は早川先生のところに出向き、原稿をもらってこなければならなかった。

今は、メールだの顔を見ないでやりとりする方法もあるが、

先生にはそれは認められないようで、互いに顔を見るからこそ、責任が生まれると、

いまだに、原稿は手渡しだった。

扉を叩き、『どうぞ』の言葉を待ち、それからゆっくりと開く。


「すみません、中谷です」

「おぉ、ちょっと待っていてくれ」

「はい」


早川先生の事務所を尋ねると、どうも先客がいるようだった。

若いスーツ姿の男性は、とても背が高く、仕切りの向こうにいる頭が、

ぴょこんと飛び出ている。


「うーん……そうなるか」

「そうですね。ここは正確に記入しないと、誤解を生むと思いますので」


漏れ聞こえてくる会話は、どうも新しい作品の打ち合わせのようだった。

私は、スタッフさんに言われた場所に座る。

早川先生は、以前ほど仕事量をこなしていないが、それだけに自分で選び、

納得したものだけを受け入れている。

私が小さなソファーに座ったまま、先客が終わるのを待っていると、

背の高い男性が、先に立ち上がった。

悠は175くらい、啓太は180あったと思うけれど、この人はさらに高い。

私に気付くと、『すみません』と頭を下げてくれる。


「中谷さん、彼はね、『環沢総合病院』」の松本先生なんだよ」


仕切りの向こうから早川先生の声がした。

私は立ち上がり、松本先生に向かってお辞儀をする。


「いえ、そんな……先生、僕はまだ新人で」


松本先生は、紹介されたのが恥ずかしいのか、両手を何度も動かし、

慌てているように見えた。


「新人だろうが、医師免許を持っているだろう。何を弱気なことを」

「そうですが……」


早川先生は、来年から男性向けの経済誌で、『病院もの』を連載することになり、

その医療監修を、この松本先生と、

その指導者にあたるベテランの医師二人に、

お願いすることになったのだと、話してくれる。


「あぁ……そうなのですか」


職業ものの漫画には、会話や言葉に間違いがないかどうか、プロの人がつくことが多い。

裁判のものなら弁護士や検察官などの意見も聞くし、病院ものなら、医師や看護師、

また薬剤師の意見も聞くことがあった。


「今はね、ちょっと胃もたれがよく起こる話しをして、アドバイスをもらっていたんだ。
総合病院などに行けば、高いお金を払ってほんの数分だからな」


早川先生は、医者は儲かってばかりだなと、松本先生に軽く嫌みを言う。

松本先生は、若いからか何も言い返せず、申し訳なさそうに笑うしかない。


「早川先生、そういうことを言うのは、失礼ですよ。
これから色々とお願いするわけですよね」


私は、少しだけ援護をしてみせる。


「おぉ、おぉ……そうだ。こりゃまずい」


早川先生は、自分のおでこを軽く叩いた。


「大丈夫ですよ、仕事はしっかりやりますから」


松本先生は、上着を持つと、私の前を通り過ぎようとする。


「あ……あの」


『医師』だということが、私の気持ちを動かしてしまった。

初対面なのに、何をと思われるかもしれないが、こういう機会はあまりない。


「あの……伺ってもいいですか」

「はい、何を」


私は『悪性リンパ腫』について、松本先生に話した。

といっても何も知らないため、それがどれくらい大変な病気で、

啓太が思っているように、子供が望めないようなことになるのかと、

聞くのなら全て聞いておこうくらいの勢いで、話しかけてしまう。


「悪性リンパ腫……」

「はい」


松本先生は、そこから私に、『型』を聞いた。

さらに、進行度、治療方法なども聞いてくれたが、私はどれも正確に返せない。

本人である啓太からは、何ひとつ聞いていなくて、

園田さんからの流れだけで、聞いた言葉をただ並べて披露しているだけだった。


「すみません、そうですよね、何も細かいことは聞いていなくて……」

「そうですか、それだと憶測でお答えは出来ないなと」


当然だった。医者という立場もある。

簡単に治るようなことを言えば、期待以上の期待をさせてしまうし、

かといって、大変だと言い切ってしまうには、情報が少なすぎる。


「リンパ腫だと、他のガンとは違って、手術ではなく放射線治療や、
抗がん剤での治療になりますからね。確かに、そういった副作用が出るのも、
よく聞きます。でも、100%無理ということではなくて、
可能性が低くなるという程度の方もいますし。これは個人差と言うことですから……」


松本先生は、ご親戚ですかと私に聞いてくれる。


「いえ、知人です。
『東陵がん研究センター』に、行ったようなのですが……」

「あぁ、あそこですか。それは最先端の治療が出来ますよ」


それはそうだろう。

しっかりと、先生の言うとおりに行動していれば。


「治療をしてから、3年以上、診てもらっていなかったみたいで」

「……3年?」


松本先生は、それはダメですよと心配してくれた。

気付きにくいものだけに、定期的に診てもらう事が一番の予防だと教えてくれる。


「そうですよね」

「はい。お知り合いの方なら、きちんと診ていただくように、お伝えください。
今、非常に高度な治療も出てきていますし、効果も上がっている分野です」


松本先生は、それではと私と早川先生にもう一度頭を下げると、

事務所を出て行った。階段を下りる音が、カツンカツンと響く。


「どうしたんだ、中谷さん。急に」

「すみません、知人の病気のことを知って、今の方が医師だと思ったら、
なんだか口から飛び出てしまって」


そう、口から飛び出していた。

せめて何かが出来ないかと、考えているからかもしれない。


「医者というものは、自分の分野があるからな。他人の場所に入りこんで、
影響を与えるようなコメントは、なかなかしないよ」


早川先生は、医療の世界も、派閥がはびこっていると苦笑いをする。

私は、そうですかと合わせて笑うしか出来なかった。



20-⑤




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テーマ : 恋愛小説
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育てた怪獣2匹は、すっかりかわいさを無くしたため、今や『犬愛』に目覚めたお気楽主婦です。日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
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なお、作品の無断転載やお持ち帰りはご遠慮ください。著作権は放棄していません。お願いします。

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