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21 デリケートな神経 【アレキサンダース・シスター】 ②

21-②


カレンダーは7月になり、梅雨という憂鬱な日が続く。

去年は空梅雨と言えるくらいの天候だったのに、

今年はかたつむりも元気に活動できるくらい、湿気がとにかく多い。


「よし、これで通せ」

「ありがとうございます」


4月に入社し、編集長から雷ばかりを落とされていた塚田君も、

近頃は要領を得てきたのか、怒られる回数が減った。

仕事も上向き、となるとプライベートが重なるのは当然で、

私は当たり前のように、『どうなの』と隣に聞いてしまう。


「ねぇ、来週、ボクシングの世界大会があるでしょう。
あれ、見に行くの?」


早川先生の秘書をしている男性が、

塚田君と同じよう……いや、塚田君の彼女と同じように格闘技好きなのだ。

私は、ちょっとした情報だと思い、聞いてしまう。


「あ……あぁ……いえ」


仕事ではバッチリな塚田君の返事が、どうもおかしい。


「別れたんですよね、俺、彼女と」


塚田君は、今月の初めに、学生時代から付き合ってきた彼女と別れたと教えてくれる。

私は、余計なことを言ってしまったと思いながらも、『そうかごめん』と、

とりあえず謝ることにする。


「いえ、いいんですよ。学生のときと、社会人になってからとは違いますね。
同じものを、追えなくなったというか」


塚田君は、これから仕事も恋も頑張りますと、私にガッツポーズをする。

私は語りかけてしまった以上、そうだよねと励ますコメントを返すことしか出来ず、

ダウンロード数を見ようと、PCに目を向けた。





その日は、悠と会う約束をしていたが、

タイからの訪問客を、急に接待しなければならなくなったと、

キャンセルのメールが届いた。担当だった先輩が病気になり、

以前、交渉に参加したことがある悠に、上司が話しを振ったという。

ホテルの『サマーフェア』という食べ放題に行くつもりだったので、

少し残念だったが、仕事ならば仕方がない。

私は『またね』と軽めに返信をする。

携帯を閉じようとしたとき、そのメールに添付ファイルがついているのがわかり、

私はなんだろうと思い、開いてみた。



私の、眠っている顔……

思わず携帯を閉じる。



やだ、もう……

この前、日本酒で真っ赤になって、ほろ酔い気分の顔を、悠に撮られたのだ。

何をしているのだと思ったけれど、悠は携帯で、よく写真を撮る。

以前出かけた水族館でもそうだし、食事に行った時も、ドライブの時も、

何気ないシーンを残してくれる。

私は、いつも撮ってもらう側にしかならないが、それでも二人でシャッターを押したり、

同じ観光客に撮ってもらったりして、それなりに枚数はあった。

写真は、その時をすぐに思い出せる。

ここに出かけてこんなことがあった、こんな人に会った。

記憶の隅に追いやられたことが、すぐに戻ってくる。



今思うと、啓太とは写真が1枚もない。

旅行とか、そういったことにも興味がないと言われたので、

撮るチャンスもなかった。



唯一、一緒に外へ食事に行ったのが、住宅街にある『ハンバーグ』のお店。



あの日の帰り、初めての出来事に、何かがあるのではないかと、

一人でドキドキした覚えがある。



今思うと、『思い出』を残したくないと、啓太が考えていたのかもしれない。

いつか、こんなふうに会わなくなることを、予想していて……



「はぁ……」


こうして思い出し、過去の出来事を納得しながら、

私は啓太を忘れていくことになるのだろうか。

彼が望むように……



「お先に失礼します」


携帯を閉じ、仕事の片づけを終えた後、私は編集部を出た。





梅雨の憂鬱さから解放された日、ひとみのご主人から連絡があった。



『女の子が生まれました。母子ともに健康です』



すぐにでも駆けつけたいのは山々だったが、ひとみも疲れているだろうと思い、

次の日、仕事を少し抜け出し、2980グラムの女の子と、

その子を立派に世の中に送り出した、新米ママに会いに出かける。


「未央!」

「おめでとう、ひとみ」


病気で入院しているわけではないので、病棟内も、とにかく明るい。

ひとみは昨日の明け方出産をした後、もう午後には食事が出来たと自慢する。


「陣痛が来たのが夕方だったの。それで夕飯がろくに食べられなくて、で、
出産までとにかく痛くて、痛くて……。もう大荒れよ」


『準備室』にいた頃から、ひとみはお腹が痛いと言い続けたと、

体験を語ってくれる。


「もう、嫌だ。もう子供なんていらないって、叫んだりしてね」


陣痛の痛さは大変だと聞いたことはあるけれど、

自分で体験したことがないので、どこまで気持ちに寄り添えるのかわからないが、

だからこそ、感動も大きくなるのだろう。


「今も、もういらないって思うの?」

「それが不思議なの。もう忘れちゃった」


ひとみは痛みのことはすっかり忘れ、

とにかく赤ちゃんが愛しくて仕方がないと、話してくれる。


「ねぇ、一緒に見に行こう」

「いいけれど……歩けるの?」

「やだ、私、出産後、病室まで歩いたのよ」

「エ……」


ご主人とうまく行かないと、愚痴っていたひとみから考えると確実に強くなった。

それが『母』ということだろうか。

新生児室前に向かうと、『関根ひとみ』と名前が記されていた。

赤ちゃんの手にも、しっかりバンドがついている。

まだ肌も赤くて、しわだらけで、目も開いていない。

それでも必死に手足を動かし、生きていこうとしている。


「すごいね……ひとみ、尊敬するよ」

「何言っているのよ、未央だって、結婚したら経験することでしょう」



結婚して、出産する。



「そうだよね」


私にも、こんな未来が来るのだろう……

悠がそばにいてくれたら……


「名前は決めたの?」

「まだなの。どっちなのかもわざと聞かなかったから、
昨日主人が会社の帰りに来てくれて、今まだ、二人で色々と考え中」

「そっか……」


望んだ出産を迎えたひとみの横顔は、とても幸せそうに見えた。

化粧もしていない顔なのに、綺麗で、かわいらしくて、

そして何よりも美しく輝いている気がする。

私は小さな両手をしっかり握り締めた赤ちゃんを見ながら、

人は強いものだなと、本当にそう思った。



21-③




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テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:momonta
育てた怪獣2匹は、すっかりかわいさを無くしたため、今や『犬愛』に目覚めたお気楽主婦です。日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
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なお、作品の無断転載やお持ち帰りはご遠慮ください。著作権は放棄していません。お願いします。

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