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28 心を穏やかに 【ウイスキー・マック】 ②

28-②


封筒には『中村興三』という個人名と、その横に『井上事務所』と記入されている。


「この人は?」

「俺も最初誰なのかわからなくて、とりあえず中身を読んでみた。
そうしたら、母の相手だと言うことがわかった」

「お母さんの?」


啓太のお母さん。

仕事をあまりしないお父さんの代わりに、家計を支えるため仕事に出て、

啓太が小学校の時、お客さんと逃げてしまったと、谷さんから聞いている。

そのお母さんの相手がこの人なのかと、再び封筒の名前を見た。


「今更、連絡なんてしてくれなくていいのにさ、しかも……」


しかも……


「もう亡くなって1年だって」


啓太のお母さんは、去年の春にすでに亡くなっていた。

この手紙には、お母さんがどういうふうに亡くなったのかなど、

それなりの経過が書いてあるという。


「何が形見はどうしますかだよな。勝手に飛び出て行ってさ、
それから一切、連絡もないんだぞ。親父が亡くなった事だって教えていないし、
この中村って人だって俺は一度も会っていない」


啓太の嘆きも怒りも、当然だとそう思えた。

お父さんがどんな人だったのかはわからないけれど、

お母さんは、『母』を捨て、『女』として生きたのだ。

それを謝ることもなく、ただ認めてくれというような手紙を寄こされても、

混乱するだけ。


「どうするの」

「形見なんていらないし、どうでもいいよ」


啓太の話しによると、お父さんとお母さんは正式な離婚をしていないため、

戸籍上だけはまだ『岡野』となっている。

そういうこともあり、中村さんとしては、

亡くなったという事実を知らせてきたのだろうか。

私が渡した切符をテーブルに置き、啓太はソファーに横たわったまま、

反対側を向いてしまう。


「ねぇ、読んでもいい?」


啓太は無言で頷いたため、私は手紙を開いて、中を読んだ。



『岡野聡子』

啓太のお母さんは、中村さんと東京を離れ、長い間『富士吉田市』に住んだという。

中村さんには子供がいないため、聡子さんと一緒のお墓に入れることを希望していて、

そのための手続きを、手伝って欲しいと書いてある。

つまり、亡くなったお父さんの籍から出て、自由にさせたいということだろう。

遺品を整理しているとき、啓太のことが浮かび、調査会社に依頼し、

今の啓太の仕事先や住所を調べたのだと書いてある。



『私の判断だけで、彼女の私物を処分していいのか、迷うところがあり……』



啓太は……お母さんのものを、欲しいと思うのだろうか。

今は何もいらないとそっぽを向いているが、間違いなく自分を生んだ人なのだから。


「啓太……行ってみる?」


私は今度の2泊3日旅行の中で、ちょっと足を伸ばしてみないかと、

そう提案をする。箱根から山梨なら、それほど距離があるわけではない。

どうせ、『黒タマゴ』を食べようくらいしか、予定も立てていなかったのだから。


「いいよ」

「でもさ、この中村さんの気持ちも、わからないわけではないでしょう。
心のどこかにずっと、残した啓太に対して、悪いなという思いはあったって……」


そう、同じ男として、啓太の父親にはそれほどの気持ちはないだろうが、

子供を捨てさせてしまったことに対しては、

文面に申し訳なさが、しっかりとにじみ出ている。


「そうしたら、本当の意味で区切りがつくよ、啓太自身も……」


『岡野啓太』として、誰の子供だとか、どういう過去があったとか、

そんなことはどうでもいいからと、思えるようになる気がする。


「私がいるでしょ……啓太には」


啓太はもう、一人ではないのだ。

どんなときにも、私がそばにいる。


そう言って、『前向き』にさせようとするものの、背を向けた啓太の姿勢は変わらない。

ことがことだけに、無理に行かせる話しでもない気はするが。


「どうしても行きたくないのなら、何もいりませんからって、
お返事だけは出した方がいいと思う。大人なのだから」


相手は、今の住所もしっかりと記入してある。

何も反応をしないというのは、あまりにもだろう。


「わかった」


啓太の言葉が聞こえたため、私はそれならばよろしいと、耳たぶに軽く触れる。

啓太はくすぐったかったのかそれをはらうようにすると、

『はぁ』と大きくため息をついた。





そして『箱根旅行』の日がやってきた。

私たちは『ロマンスカー』に乗り、流れる景色を見る。


「温泉なんて、いつぶりだろうな」


啓太は少なくともこの3、4年はないなと言った。


「そうでしょうね、私が『旅行に』といったら、そういう関係ではないだろうと、
あなたは冷たく言いましたから」


そう、『セフレ』だって旅行くらいいいでしょうと言ったのに、

啓太は全く受け入れるつもりもなくて。


「思い出になるようなことは、極力避けたかったんだ」


そういうと、頬杖をつく。


「ふーん」


啓太の全ての事情を知った今なら、その理由に納得が出来る。

別れた後、思い出がたくさん残るのは、やはり楽しいことより辛いことの方が多いから。


「ねぇ、食事が美味しいといいね」

「まずかったら暴れるぞ、旅行で食事がまずいって、最低だろう」


『ファミレス』に勤める啓太らしく、プロなのだからとそう言うと、

今度は携帯を取りだし、何やら見始める。

私は持ってきた小さなクッキーを一つだけ口に入れ、

街並みが変わっていく様子を、眺め続けた。



28-③




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テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

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育てた怪獣2匹は、すっかりかわいさを無くしたため、今や『犬愛』に目覚めたお気楽主婦です。日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
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