FC2ブログ

28 心を穏やかに 【ウイスキー・マック】 ③

28-③


箱根の温泉旅館。

啓太の心配をよそに、食事は本当に美味しかった。

部屋食のコースもあったが、食事どころで食べるものの方が、

どこか豪華そうに思えるという啓太の意見を取りいれ、そのようにした。

和洋折衷のメニューだったが、どちらも好みの味で、

お腹がいっぱいになっているのに、まだ味わいたいと思えるくらいだった。

それから部屋に戻り少し休憩し、その後、大浴場に向かうことにする。

あらかじめ部屋に置かれていた籐のカゴ。これに着替えをいれて使えるのはとても便利。

啓太と私は、荷物をいれて、それぞれひとつずつ持った。



湯気のあがる大きなお風呂は、やはり気持ちがいい。

マンションの浴槽では、さすがに伸び伸び入るというわけにはいかないから、

思い切り脚も手も解放する。

晴れた日には、この窓から『富士山』が見えますからと、

そういえば仲居さんが最初に言ってくれた。

今もぼんやり、暗闇に山並みが見えるけれど、

まだ季節的に雪をかぶった『富士山』の姿はないため、どこなのかわかりづらい。

明日の朝、早くにでも入ってみれば、綺麗に見えるだろうか。


「ママ、早く」

「ほら、ちゃんと目を閉じないと痛いからね」

「わかってるの」


まだ幼稚園に上がる前くらいの、小さな女の子と、お母さん。

女の子は、洗った頭を流すとわかっているからか、小さな手で一生懸命、

目を押さえている。


「いいよ」


そういえば、ひとみの家は女の子だった。

何年かすると、あんなふうに一緒にお風呂に入るのかな。

お母さんはシャワーでシャンプーを流し終えると、すぐにタオルで、子供の頭を拭き、

女の子は頑張れたということなのか、『ふぅ』と息を吐き、ケラケラと笑った。



脱衣所に準備されているドライヤーで、ある程度まで髪を乾かしていく。

それにしても、平日なのに、ここは雑誌の記事どおり人気があるようだ。

入浴するお客様が、出て行ってはすぐに入ってくるため、常に数人が中にいる。

親子連れ、友達同士など、相手はそれぞれだろう。

私のように、恋人同士で来ている人も、少なくはないはず。

ドライヤーを元の場所に戻し、カゴを持って外に出ると、

窓側にあるソファーに座っている啓太を見つけた。

私はゆっくりと近付き、背中をポンと叩く。


「やっと来たか、遅いなぁ……湯冷めするわ」

「何よそれ、だったら先に戻っていたらよかったのに。
あ、いいわよ、もう一度入ってきても」


私はそういうと、ここで待ちましょうかとわざと言ってみせる。

啓太は立ち上がると、私の左手を取った。

私はその動きに合わせて前に進む。


「少し前にさ、いきなり『岡野さん』って言われたんだ」


啓太は、以前『コレック』でバイトをしていた女子大生の女の子に、

数分前に声をかけられたと話し出す。

私の頭は、すぐにあの、戦う女子大生『細川香澄』を思い出してしまう。


「香澄ちゃん?」

「違うよ。もっと前……えっと初めて店舗を任されたときだから、3年前か?」


啓太が谷さんの縁で『コレック』に就職して、

最初に店舗担当をした場所にいたバイトだと言う。


「最初は全然わからなくてさ。名前を言われて、それから話しをしていて、
あ、そうかって」


啓太は、向こうの記憶がとても鮮明だったから思い出せたと、笑い出す。


「あ……未央。これ、買おう」

「何?」


啓太は、お土産店の前にあるアイスケースの中から、

『チョコレート』のアイスを2つ取り、レジに向かう。

バニラアイスのまわりにチョコがコーディングされていて、

そこには、クッキークランチや砕かれたナッツ類がまぶしてあるもの。

昔はよく買って食べた記憶があるけれど、近頃、コンビニでは見かけない。


「懐かしいね、これ」

「だろ、だから買った」


啓太はカゴの中にアイスを入れて、再び私の手を握ると歩き始める。


「ねぇ……向こうの記憶って何? どんな記憶だったの?」


私も『コレック』は何度か利用したことがある。

確かに、女の子のバイトは多いため、香澄ちゃんくらいの関わり合いがなければ、

数年ぶりに会って、思い出すのは大変な気がするけれど。


「まぁ……うん」


提案を濁された。

言いたくないのだろうか、そう思うとなんだか……

このままでは終わらせられない気がする。


「まぁ……って何?」


せっかく楽しい温泉旅行なのに、くだらない雲行きにしないで欲しい。

言いたくないのなら、会ったことも黙っていればいいのだから。


「親といざこざがあって、仕方がないから部屋に泊めたとか、
あ、それとも、当時の彼女と別れるために、わざわざ裸になってもらって、
演技させたとか?」


私たちの前でエレベーターが開く。

二人で乗り込むと、すぐに扉が閉まった。

啓太が私を引き寄せ、キスをしようとするのでそこは予想していた動きを取り、

おでこを軽く叩いてやる。


「イテッ……」

「それで、何でもごまかせると思わない」


啓太は笑いながら、たいしたことじゃないよと私を見る。


「バレンタインの日に、手作りのチョコをくれたんだ。『好きです』って」

「ほぉ……」


告白か……


「バイトの女の子だからさ、面倒なことは嫌だし、ごめんなさいって言ったけれど……」

「けれど?」

「まぁ……ちょっと泣いちゃったというか……」


『チョコと苦い恋の思い出』

彼女にとっては、そんなものなのだろう。

それから偶然出会って、思わず声をかけてしまったというのは、

わかるような、わからないような……


「ふーん……」


部屋の鍵を開けて、中に入る。

誰からも相手にされないような人より、いいとは思うけれど。


「今日は、恋人と来ましたって、そう言っていた」

「恋人?」

「そう……だから俺もそうなんだよと」



『恋人』



「ふーん……」


啓太は、買って来たアイスを私に差し出してくれる。

私はそれを受け取り、懐かしい味を食べていく。


「これさ……」

「ん?」


啓太は、一口噛んだアイスを見た。


「これ……昔、子供の頃、母親に買ってもらったなって、思い出した」



『アイスクリーム』



そうか、啓太のお母さんとの思い出は、幼い頃のものしかない。


「そうなんだ」

「うん……」


私もこの味を食べたことはあったけれど、いつだったとか、どこだったなんて、

しっかり残ってはいない。おそらく、何度もあったから、記憶にないのだろう。

たった一つのアイスの思い出が、それほど残っているというのは、

啓太にとっては、残っているものがいかに少ないかと言うことで。

そこからは特に会話もないまま、二人でアイスを食べ進めていく。

私の目に映る啓太の顔。


「ねぇ、啓太……会ってみようよ、中村さんに」


『富士吉田市』という、手の届く場所にいたという事実。

啓太は黙ったままだった。



28-④




コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

非公開コメント

プロフィール

momonta

Author:momonta
育てた怪獣2匹は、すっかりかわいさを無くしたため、今や『犬愛』に目覚めたお気楽主婦です。日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
飲み物片手に、立ち寄ってくださいね。

なお、作品の無断転載やお持ち帰りはご遠慮ください。著作権は放棄していません。お願いします。

発芽室、ただいま連載中!
あなただから、全てを知りたい……
カレンダー
10 | 2018/11 | 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
カテゴリ
リンク
FC2ブログランキング
小説・文学部門に参加しています。

FC2Blog Ranking

最新コメント
最新記事
いらっしゃいませ!
RSSリンクの表示
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
小説・文学
270位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
ロマンス
4位
アクセスランキングを見る>>
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

月別アーカイブ
最新トラックバック