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29 感化 【ブラッディ・ブル】 ①

29 感化 【ブラッディ・ブル】
29-①


「あの……」


思わず私が声を出そうとすると、中村さんがその通りですと頷いてくれる。


「聡子は、その援助する子供の名前に、『ケイタ』の文字を入れていました。
啓太君への思いを、彼に乗せたつもりなのでしょう。実は、今年、彼が20歳になって、
その連絡が来たのです」


『ケイタ』君は、自動車整備の訓練を受け、しっかり就職をしていると、

その書類には書かれてあった。必死に学んだ日本語のひらがなが、

1枚の紙に書かれてある。



『にほんのおかあさん ぼくをたすけてくれて ありがとう』



「私や聡子のしたことを認めて欲しいなどと、そんなことは思っていません。
でも、彼女にこんな一面があったことだけは、お伝えしておきたくて……」


中村さんはそういうと、隣の部屋から、ダンボールを持ってきてくれた。

そこには、お母さんが使っていたという食器や、洋服がいくつか入っている。


「いずれ、処分をするものなのですが、啓太君に見せてからと……」


啓太は視線を一度向けたが、すぐに首を振った。


「いえ……結構です」


啓太はそういうと、またNPOのパンフレットに視線を移す。

私は啓太の横顔を見つめながら、その心の動きを、ずっと追っていた。





中村さんの家にいたのは、1時間くらいだった。

啓太は最後に『ありがとうございました』と頭を下げ、書類上の手続きが出来たら、

連絡を入れますと言い、中村さんも『ありがとう』とそう返してくれた。

車に乗り、また箱根を目指す。

何ひとつ、お母さんのものをもらわなかったけれど、本当によかったのだろうか。


「啓太」

「ん?」

「お母さんのもの、何ももらわなくてよかったの?」


啓太の感情は、啓太にしか理解できない。

それでも私は、少しでも寄り添いたいと思う。


「ものは必要ない。たとえ少なくても、自分の記憶があればそれでいいんだ」


昨日、お風呂あがりに食べたアイス。

啓太はお母さんに買ってもらったことを思い出したと、そう言っていた。


「自分との思い出がないものをもらって、無理やり納得させるのも、
おかしな気がするし」


私は啓太の横顔を見たが、『わかった』と声に出す。

人が亡くなってしまったら、最後まで残るのは、やはり思い出しかない。


「ねぇ、今日の夕食はなんだと思う?」

「何それ。わかるわけがないだろう」

「そうだけれど……昨日のレベルを考えると、期待できるでしょう」


2泊すると、嗜好の変えたものを出してくれると、パンフレットにも書いてあった。

昨日の雰囲気と変えたものとなると、どういうものだろうかと、

考えるだけでも楽しくなる。


「今日は、これで晩酌しようね」


中村さんの家から出てしばらく道を走っていたら、『ワイナリー』があった。

そういえば山梨はワインの名産地だったことを思い出し、

おすすめの白ワインを買ったのだ。

明日は、また『ロマンスカー』で東京に戻る。

ゆっくり出ますと伝えておけば、

それなりの対応をしてくれるとパンフレットに書いてあった。


「帰りは、結構混むね」

「そうだな……」


そこからはあえて、お母さんのことも、中村さんのことも話題にはしなかった。

どういう気持ちを抱いたのかわからないけれど、啓太はまた一つ、過去を清算し、

前に進んでいる。

レンタカーを駅前で返却し、二人で電車に乗る。

旅館のある駅で降りてから、自然と手をつないだ。

東京とは違って、箱根の夜は芯から寒い。

それでもつないでいる手は温かくて、そして力強さも感じられるものだった。





「ほぉ……いいねぇ、月」

「でしょう」


2日目は、部屋についている露天風呂に入ることにした。

小さな洗い場があり、

囲いを出ると2人が入ればちょうどいいと思える大きさの浴槽がある。

桧のお風呂とパンフレットに書かれていた通り、木の香りが漂ってくる。

湯気のついた窓ガラスではないからなのか、

今日は暗い夜でも富士山がはっきりわかった。


「もうじき、雪の景色になるね、富士山」

「あぁ……」


啓太の目。まっすぐに前を向いているけれど、今、何を思っているのだろう。


「ねぇ……」

「ん?」

「今、何を考えている?」


富士山が綺麗だなとか、2泊の旅行もこれで終わりだから、

また仕事が始まるとか、それとも……

自分が知らなかったお母さんの生活など、想像しているのだろうか。


「聞きたいの?」

「うん」


啓太のことを、もっと知っていたいから。

色々なことを聞いてみたい。


「未央の胸……触りたいなって」


啓太の手がそのまま伸びようとするので、軽くはたく。


「そういうことじゃなくて、今、何か考えていたでしょう」


私は『真面目に話して』の意味を込めて、啓太の鼻をつまんでやる。


「別に何も考えていないよ、面倒だな、いちいち」

「面倒?」

「一つ一つ女はすぐに理由付けをするから面倒だ。
何も考えずにボーッとする瞬間も、男にはある」


啓太はそういうと、濡らしたタオルで軽く顔をふいた。

この旅館には、ほとんどの部屋に、こうしたお風呂がついている。

どこかの部屋だろうか、桶の音が響いた。



29-②




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テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

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育てた怪獣2匹は、すっかりかわいさを無くしたため、今や『犬愛』に目覚めたお気楽主婦です。日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
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なお、作品の無断転載やお持ち帰りはご遠慮ください。著作権は放棄していません。お願いします。

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