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29 感化 【ブラッディ・ブル】 ④

29-④


前と同じように、お腹の大きな妊婦さんが、待合室に並んでいる。

あれはまだ生まれて数日の赤ちゃんだろう。

お母さんの手に抱かれ、新米のお父さんが退院の手続きを取っている。



『望めないから……』



わかっている。

だから、啓太にはここのところ体調がおかしくなっていることについて、

何ひとつ話していない。

それでももし、そんなことになったら、啓太は喜んでくれるだろうか。

両親の遺伝子など、残す必要などないと、言っていたけれど。

相手が私なら、気持ちは変わるだろうか。


『中谷さん、中谷未央さん』

「はい」


放送で呼び出され、診察室に入る。

とりあげた赤ちゃんは、どれくらいいるのかわからないですと言えるような、

ベテラン医師が目の前にいた。





「今年もお世話になりました」

「いやいや、こちらこそだよ」


早川先生は、この年末から家族でオーストラリアに行くと言う。

ゴルフを息子さんたちと一緒にするのだと、目の前で軽い素振りをしてみせた。


「いいですね、向こうは今、夏ですよ」

「そうそう、私は寒いのが苦手だからね」


先生は、飛行機が大好きなので、いくら乗っても疲れないと笑い、

私に、お土産を買ってくる約束をしてくれた。


「それでは失礼します」


事務所の扉を閉め、大きく息を吐く。

今年の主な仕事は、これでほぼ終了となった。

エレベーターには乗らずに、階段を1段ずつ下りていく。

そう、つまずいたりすることを気にする必要はなかったから。



『おめでたではないね』



また、私の勘違いだった。

前の時には、啓太と別れた後だったから、気持ちは半分ずつだった気がするが、

今日は明らかに残念の方が強い。

啓太がいたら、それ以上望まないと自分で決めて、幸せの形を選んだのに、

私はズルイ。


子供を産むことは、諦めないと。


世の中には、親に愛されなかった子供を育てている人もいるし、

啓太のお母さんがしていたように、海外の子供たちに援助するという子育てもある。

今はもう少し啓太との時間を楽しんで、それから私も、

そんな時間を持てばいいのだから……



そういえば、千波ちゃん……お腹、大きくなったかな……



事務所のビルを出ると、北風が強めに吹いてきたため、

私は思わず首をすくめた。





12月29日。

啓太と待ち合わせをして、谷さんご夫婦と食事をすることになった。

最初はどこかのレストランでと思っていたが、奥さんから是非にと言われ、

ご自宅にお邪魔することになる。


「引っ越しの荷物がゴロゴロしていて落ち着かないけれど、ごめんなさいね」

「いえ、そんな」


2LDKのマンション。

谷さんは荷物は全てこっちに入れてしまえばいいと、

和室にいくつかあったダンボールを、隣の部屋に押し込んでいる。

私は奥さんの手伝いをしようと台所に立った。

ケーキ作りが大好きというだけあって、料理の手際もすばらしい。

手伝っているつもりだけれど、邪魔になっていないだろうか。


「中谷さんのおかげで、お店に野村先生のイラストを飾れるなんて、
本当に嬉しくて」

「いえいえ」


先生のイラストが完成するのは2月。

私と啓太は、それをお土産に、3月以降、新居へお邪魔することを決めている。


「あの色紙のイラストもね、毎日寝る前に眺めて寝ているの」

「あぁ……あれですね」


あれを渡しに行った日。

そう、それから私と啓太の運命が動いた。


「あの日、啓太が怪我をして救急車に乗って、谷さんに病院でお会いしました。
その時、啓太のことを初めて色々聞くことが出来て……。
私にとっても、あのイラストは忘れられないものになります」

「啓太君は、本当の弟のようだって、いつも言っているの」

「そうですか」


私たちが台所に立っている間、啓太と谷さんは楽しそうに小さなテーブルを挟んで、

何やら話している。すてに二人ともビールの缶が空いていた。


「あ……ちょっと、二人でフライングじゃないの。こっちに作らせておいて」

「ん? あ、ごめん」


谷さんは片手で申し訳ないというポーズを取るが、それはあくまでも形だけ。

全然申し訳なさそうではなくて、顔も笑っている。


「片付けは男だからね」


奥さんの一言に、ほんの少し顔を赤くした谷さんは、啓太の右手を掴むと、

一緒に手をあげた。

谷さんが悪いんですよと責める啓太の顔も、とても穏やかで……

見ている私も嬉しくなった。





「素敵なご夫婦だね、谷さんのところ」

「うん……奥さんはなんだか姉さんのように思える人なんだ。
相談ごとにも気軽に乗ってくれるし、的確にダメ出しされるしね」

「ダメ出し?」

「そう……考えが甘いって俺も、他の同僚も、結構言われてさ」


啓太は職場の仲間たち数人が、谷さんご夫婦を本当に慕っていたと、そう話す。

『コレック』の事情とはいえ、もう一緒に仕事が出来ないのかと思うと、

寂しい気持ちの方が強いと、啓太は悲しそうな顔をした。


「谷さん言っていたわよ。これからは引き継がないとね、啓太が」


谷さんは私に言ってくれた。啓太は境遇のこともあるから、後輩に優しいと。

今までは、自分のテリトリーでしか動かなかったけれど、

これから啓太はきっと、変わっていくはず。


「そうだな」


私たちは、啓太のマンションに向かう駅で、一緒に降りた。








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テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

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育てた怪獣2匹は、すっかりかわいさを無くしたため、今や『犬愛』に目覚めたお気楽主婦です。日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
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なお、作品の無断転載やお持ち帰りはご遠慮ください。著作権は放棄していません。お願いします。

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