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30 ひとりにしないで 【ボンベイ】 ②

30-②


「これをですか」

「はい……」


お店を開くつもりがないのなら、わけてもらえないだろうか。


「こんなものでよろしかったら、構いませんよ」


バーテンさんは、飲み終えたら洗ってお渡ししますねと、そう約束してくれる。


「すみません、ずうずうしくて」

「いえいえ」


また別のお客様から声がかかり、バーテンさんは私たちの前を離れていく。

啓太がグラスを持ったので、私も自分のものを持つ。


「今……」

「何?」

「未央が言わなかったら、俺が言うつもりだった。このグラスをくれないかって」


啓太は、自分も同じことを考えたと言いながら、乾杯のポーズを取る。

グラスが割れたら困るので、当てる仕草だけ。


「本当に?」

「あぁ……」


お店のものを欲しいと言ってしまい、どうなんだろうと思ったけれど、

啓太も同じことを考えていたと聞き、急に嬉しくなる。


「未央……」

「何?」

「産婦人科、行っただろ」


私は、『どうして』と聞き返していた。

啓太に話しをした覚えはないのに、どうして知っているのだろう。


「クリーニングだよ、この間」


クリーニング……

そうだった。私、産婦人科の診察が終わった後、もう来ることもないからと、

診察券をポケットに入れて……


「未央がお酒をこぼしたからって、俺のワイシャツとかと、
近所のクリーニングに一緒に出した時にさ、店員さんがポケットから出してくれた」


ドジ……

本当にダメな私。


「あの……うん……」


行っていないなんて、言える状況じゃなくなった。


「うん……ちょっと前にね」


私は、仕事が忙しくて、リズムが乱れていたので、ホルモンバランスなどもあるしと、

産婦人科を訪ねた理由を、懸命に付け加える。


「もしかしたらって、思ったんだろ」



そう……

もしかしたらって、そう思った。



「うん……」


こんなふうに知られてしまうのなら、最初から話しておいた方がよかった。

重い空気だけが、漂ってしまう。


「体の方は問題なかったのか」

「うん……前にもそんなことがあったの。私、健康だと思っているのにね、
結構仕事がバタバタすると、そうなるみたい」


その後、診察に安心したのか、きちんときたことなども話し、

自分が慌て者だと、軽く舌を出す。

ごちゃ混ぜになったこの空気を、どう元に戻したらいいのかわからなくて、

とりあえずグラスに口をつけた。


「今まで、聞いたことはなかったんだよね、医者に」

「何を?」

「少しでも、可能性があるのかどうか」



啓太……



「いや、聞くのが怖かったのかな。もう、取り返しはつかないことがわかっているのに、
それで振り返ってみても、どうしようもないしさ」


啓太の言葉が、ストレートに響く。

この状態を理解して、それでも啓太を選ぶと宣言し、私は悠も傷つけた。

それなのに……


「啓太……もう」

「聞いてみて、完全にダメだと言われたら……」

「そんなこと、聞かなくていいよ」


聞かなくていい。

啓太が傷つくのは、嫌だ。


「未央……俺さ、母親のことは絶対に許せないと思ってきた。
理由はどうであれ、子供をおいていくなんて、あってはいけないとそう考えていたし。
いや、今も許したわけではないんだ」


啓太のお母さんのこと。


「うん」

「でも、未央と旅行に行って、楽しい時間を持つことで、気持ちが優しくなれたのか、
中村さんに会いに行こうとそう素直に思えた。無理に行ったわけではないし、
行ったことも今、後悔していない」


箱根から富士吉田市。

二人でドライブをしながら、お母さんの住んでいた場所を訪ねた。

少なくとも、亡くなるまでのお母さんは、穏やかな時間を持てたのだと思えた日。


「人の気持ちは変わる。それは悪いことじゃないと思う。
上村さんと会って、謝罪して……。俺には未央を幸せにする責任があるから」


悠……

名前を聞くと、今でも胸の中がチクチクと痛む。


「まさかさ、海外の子供に、『ケイタ』と名づけていたとは思わずに驚いた」


そう……啓太と離れたお母さんは、気持ちのよりどころを作っていた。

恵まれない海外の子供に、啓太への罪滅ぼしとして、援助していたのだ。

『ケイタ』の中に『啓太』を。ずっとずっと思い、生きてきた。


「未央がこうしたいと思うことは、精一杯協力する。
それに……もしも……」



もしも……



「どうしても自分の子供が持ちたいとなったら、俺は……」



啓太は……



「未央の気持ちを一番に考える。そこに別れがあっても、それはそれで」

「何言っているの」

「誤解するなよ、別れてくれと言っているわけじゃないんだ。
俺に気を使ったりするなと言うこと」


啓太は、私の前に自分の飲みかけのグラスを置く。


「この『カリフォルニア・レモネード』。あの日、テーブルにあっただろ」

「うん……あったって……」

「そう、実はさ、これを頼んだのは、話をしていた相手の方だったんだ」


啓太はそういうと、自分自身は別のお酒を頼んでいたという。


「それなのに、話をしてイライラしたからなのか、あいつ勘違いして、
俺の酒の方ばかり飲んでしまって。違うだろうという間も、言う気持ちも、
まぁ、俺にはなかったから、どうでもいいやと……」


私はその話を聞き、あらためてグラスを見た。

あの日、私が啓太のお酒だと思い込み、飲まないことにイライラしていたグラスは、

本来、彼女が頼んだものだった。



30-③




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テーマ : 恋愛小説
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育てた怪獣2匹は、すっかりかわいさを無くしたため、今や『犬愛』に目覚めたお気楽主婦です。日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
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なお、作品の無断転載やお持ち帰りはご遠慮ください。著作権は放棄していません。お願いします。

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