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ももんたの発芽室

ももんたのつぶやきや、つたないですが、創作を掲載しています。
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31 恋する胸の痛み 【カカオフィズ】 ③


31-③


「中谷です」


名前を名乗り、扉を開けるといつもどおり靴を脱ぐ。

啓太も隣に靴を脱いだので、私は向きを変えて、自分の靴の横に並べた。


「あ……来た来た」


スリッパの音が聞こえ振り向くと、眉村先生が出て来てくれた。

啓太は『突然、すみません』と頭を下げる。


「先生、今回イラストをお願いした岡野さんです」

「はいはい、啓太さんでしょう」


先生は、そんなよそよそしくしなくていいのよと言うと、

どうぞと奥へ入るように勧めてくれる。

私と啓太は、出してもらったスリッパを履くと、先生の後に続いた。



「うわぁ……」


谷さんご夫婦に開店祝いとしてプレゼントするイラスト画が、目の前に登場した。

奥で作業をしていたアシスタントさんたちからも、ため息があがる。


「みんなも完成品を見るのは始めてかも。
下書きの段階では色々と手伝ってもらったけれど、色付けからは私だけで取り組んだし」


谷さんの奥さんが大好きだと言っていた作品のキャラクターが、

それぞれパティシエになり、ケーキを作っている。

実際の漫画では、そんな職業ではないので、完全に先生のオリジナルだ。

二人のまわりに配置された、かわいらしいケーキたちの中には、

手や足が生えていて、かわいらしい顔つきと、どこか性格の表れているような絵柄に、

人間のように意思を持っているように見えるものもあった。

ロマンチックで、華やかな『先生の世界』が、間違いなくここにある。


「先生……感動で声が出ません」

「本当? これなら喜んでもらえるかしら」

「いや、本当に無理なことをお願いして、すみませんでした」


啓太にも、このイラスト画が、とんでもなく価値のあるものだということは、

わかっているのだろう。ありがとうございましたと丁寧に頭を下げる。


「もう、ご夫婦は東京を離れられたのでしょう」

「はい。1月の頭に引っ越しをして、今は4月の開店準備で忙しいそうです」

「そう……」


谷さんと啓太とは、引っ越しをしてからもきちんと連絡を取っている。

近況は、私ももちろん聞いていた。


「すごいな……この絵を手で描いているわけですよね」


啓太は額に入った作品を、顔を近付けたりしながら、懸命に見続ける。

眉村先生は、そんな啓太の様子を、チラチラ見ながら口元をゆるめた。

私は何かおかしいだろうかと、先生を見る。

私の視線に気付いた眉村先生は、『素敵な人ね』という意味だろうか、

左手で小さく丸を作ってくれた。

私は、そんな先生の仕草が嬉しくて、軽く頭を下げた。



眉村先生のイラスト画は、啓太の部屋にとりあえず置くことにする。

啓太自身の引っ越しもあるため、谷さんの新居にお邪魔するのは3月の最初と決めて、

二人で有給をあわせることにした。





「はぁ……疲れた」

「お疲れ」


啓太のマンションに着き、私はリビングに入るとバッグを置き上着を脱ぐ。

2月20日。取材をした先のお店から、急にNGが入った。

だからといって、締め切りが変わることはなく、

慌てて別のお店を取材することになり、余計な仕事が増えてしまった。

この時期、これほどまで忙しいことはないはずなのに、

やっと時間を追っている作業から解放される。


「ごめんね啓太。ここのところ、忙しくて全然料理していない」

「いいよ、そんなこと。互いに無理をするのはやめておこう。
仕事を持っているんだし。今、食べるものなんて、どこだって買えるだろ」

「うん」


その日は、私が忙しいことを知っていた啓太が、

仕事の帰りに、色々と買って来てくれた。

あっためたり、並べたりしながら、二人で食事を済ませる。

せめて片付けだけはとキッチンに立ち、全てのお皿を洗うと、

テーブルの上に、『BURASH』の高級チョコレートを見つけた。


「これ、どうしたの」

「買ったんだよ。今、人気なんだってな。この間、バイトの女子学生が話していて。
今日、たまたま見かけたからさ」

「そうなの、2ヶ月前にうちでも特集した。お値段は張るのに、
『自分ご褒美』っていうCMが受けて、とにかく人気だって」

「そうなんだ」


啓太は、2種類のものがあると言いながら、箱を開け始めた。

片方は『日本酒を練りこんである』という大人の味で、

もう片方は、生クリームの存在感が際立つ、ミルクチョコ。

そういえばと思い、カレンダーを見る。

やだ、『バレンタインデー』通り過ぎていた。


「啓太……ごめん」

「何?」

「『バレンタインデー』通り過ぎてる」


予定外の仕事に追われて、すっかり暦が飛んでいた。

今年は啓太と迎えられるから、何か作ろうと考えていたのに。


「いいよそんなの、学生じゃないんだし」

「でも……」


頭の中に描いていたのに、いくら仕事があったからといって、忘れていたなんて。

せっかくのチョコレートだけれど、手が伸びそうもない。


「未央……そんな顔するなって」

「うん」

「そんなに気になるなら、そうだな……またどこか食事にでも行こう。
未央がおごって」

「おごり? うん、よし、わかった」


あっという間に、沈んでいた気持ちが復活する、単純な私。

目の前にあるチョコレートにも、興味がさらにわいてくる。

啓太の気持ちがここにあると思うだけで、とにかく嬉しい。


「これ、食べ比べてみたらいいよね」

「あぁ……」


形はどちらも一緒、まずは日本酒入り。

ウイスキーボンボンのようなものを想像していたけれど、もっと優しい香りがした。



31-④




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Author:momonta
育てた怪獣2匹は、すっかりかわいさを無くしたため、今や『犬愛』に目覚めたお気楽主婦です。日々のちょっとしたこと、趣味で取り組んでいる『創作』を、このブログに書いていきたいと思っています。
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