30F 1万円札の行方 ② 

30F-②


「和菓子を食べる?」

「あぁ……そうらしいぞ」


まつばと恵那の笑い声が聞こえる社員食堂では、

同じく、芳樹と拓也が彩希の話題を出していた。

拓也は、彩希の母、佐保から有給の詳細を聞いていたが、

芳樹にそう話すわけにはいかず、同僚の一人が理由を知っていたと説明する。


「わざわざ……ですか」

「まぁな。でも、旅をする理由など人それぞれだろ。温泉に行きたいというのと、
お菓子を食べたいって言うのと、まぁ、似たような……」

「そうでしょうか」


芳樹は、それはあまりにもおかしいと首を傾げながら、『定食B』のメイン、

鰺の南蛮漬けを口に入れる。拓也は、真実を告げたのに思い切り否定され、

こうなったら芳樹の空想がどこまで進むのか、

付き合ってみようという気持ちに変わっていく。


「大林は、この理由をおかしいと思うのか」

「思いますよ。だって、新幹線に乗るのだっていくらかかります?
ホテルだって、1000円レベルじゃないでしょう。
2泊、3泊すればそれなりの費用ですよ。それが、お菓子のため?
いやいや、おかしいですよ。広瀬さん、騙されてます」

「騙されている……か」


拓也は、誰が誰に騙されているんだよと思いながらも、うん、うん、と頷いて見せた。

芳樹は、拓也が否定をしないので、それならばと、また話を続ける。


「もしかしたら……です。もしかしたらですよ」

「うん」

「ここからはあくまでも、僕の推測です」


拓也は、ここからもその前からも、お前の推測だと思いながら、

『定食A』のメイン、エビチリに箸を動かした。


「彼女、何かを探っているとか……」


芳樹は、左手の人差し指を鼻の上に置くと、目を閉じ、考える仕草を見せた。

その、妙に『余裕があるように見せようとする態度』がおかしくて、

拓也は笑いそうになってしまう。


「探る? 何をだよ」

「だから、広瀬さんたちのラインに入っているわけですよね。企業秘密的な資料も、
得ることが出来るじゃないですか。それをたとえば……」


芳樹は、箸を皿の上に置き、両手を組む。


「他の百貨店に売り込んでいるとか」

「……ほか?」

「そうです。昔、自分たちを追い込んだ一味に加わっていた、広瀬さんへの復讐ですよ。
今まで、頑張って作り上げてきたものを、全てこう……ばら撒いてやるとか。
みんながいなくなってから、部屋に入ったり……」


芳樹は、ネット被害だの、今は色々とあるから大変ではないかと、拓也に迫った。

拓也は、ご飯を食べ、味噌汁を飲み、その合間、合間におかずを運ぶ。

芳樹の空想中に、食事がほぼ終わりまで進んだ。


「秋のイベント大丈夫ですか。資料とか、きちんと管理出来ています?」

「大林」

「はい」

「お前、何か『B級映画』でも見たのか。どんなことを言い出すのだろうと、
あえて否定せずに聞き続けたけれど、あまりにもベタベタな予想でばかばかしくなった」

「ばかばかしいって」

「ばかばかしいよ。そんな緻密な資料、うちにはないし。
そもそも、秋のイベントがどういうものなのか、
業界紙の連中には、すでに情報が回っているだろうが」

「あ……」


芳樹は、そういえばそうだったと、空想から現実に急降下して戻ってくる。

拓也は、芳樹がその通りだと上を向いた瞬間、

小鉢に入っていたシューマイをひとつ、箸でつまんで口に入れる。

拓也の動きに気付かない芳樹は、ゆっくりと顔を下に向けた。


「あれ?」

「ん?」

「シューマイ……ここに二つありましたよね」

「ありましたって……今あるのは1つだろ」

「ん? いや、いやいや……」


芳樹は、周りの社員を見た。

拓也は口を動かし食べ終えると、湯飲みのお茶を飲む。


「お前こそ、管理がなってないぞ、大林」

「は?」


拓也は、そういうと、『今日も暑いな』と、その場をごまかした。





その日の午後、3時過ぎ、拓也の携帯が揺れる。

相手を確認すると、彩希だった。

ここに帰ってくるという情報は、まつばから披露されていたため、

あらためて連絡を自分によこしたというのは、何かがあったのかと受話器を上げる。


「はい」

『もしもし……江畑です』

「うん、どうした」


拓也は、何か事故でもあって、新幹線でも止まったのだろうかと考えた。

ところが彩希の言葉は、全く違う方向に進んでいく。


『今、東京駅に着きました。これから『KISE』に向かうつもりなのですが。
広瀬さん、どこかでお会いできませんか』

「……俺?」

『はい』


ここに戻ってくれば、自然と会うことになるはずなのに、

どうしてわざわざと思いつつ、拓也は、周りを見た。

武も寛太も仕事をしているし、エリカは電話で交渉を進めている。


「外でということ?」

『はい』


拓也はこの後、特に急ぎの電話などがないことを確認し、わかったと返事をする。


『それなら、駅前のコーヒーショップについたら、もう一度電話をします』

「は? そこでいいのか」


拓也の驚きに、隣にいたエリカが不思議そうな顔をする。


「そちらでよろしいのですか……」


拓也は、相手が誰だか悟られないように、もう一度言いなおす。


『……どうしたのですか?』


拓也の返事がおかしいと思った彩希が、そう聞き返す。


「いえ、それでは現地で」


彩希は、拓也の反応がおかしいなと思いつつも、

『お願いします』と念を押し、電話を切った。

拓也は切れた受話器を耳に当てたまま、彩希の取った態度の意味を考える。

『伊丹屋』の栗原純に、お願いをして『和茶美』の商品を買いにいったのだから、

買えなかったということはないはずだった。

となると、あえてここではない場所で話をする理由がどこにあるのか、考えてみる。


「わからないな、あいつの考えることは」


結局、彩希が来るまでどうしようもないだろうと割り切り、

拓也はまた、書類を見ることにした。





あらためて、彩希から連絡が入り、拓也は駅前の『コーヒーショップ』へ向かった。

レジの前で店の奥を見ると、すでに席についている彩希がいる。


「すみません、ブレンド」

「はい」


カップを受け取り、彩希の待つ場所に向かう。

彩希は気付くとすぐに立ち上がり、ペコリと頭を下げた。



30F-③




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