17 腐ったら負け! 【17-1】

17 腐ったら負け!


【17-1】


祥吾が天井を見上げていた頃、ひかりも部屋に戻り、床に座り込んでいた。

買い物と言ったものの、本当は母の誕生日も近くないし、特に買うものなどない。

それでも、同じ駅を使っているため、偶然でも会うようなことがあってはいけないと、

行きたくもない百貨店で、ブラブラと時間を潰した。

そのため、足がパンパンになる。

ひかりはふくらはぎを叩きながら、冷蔵庫に向かう。

中からチューハイの缶を取りだし、すぐにプルを開けた。

コップに入れることもせずに、とにかくどんどん飲んでいく。



『惹かれているって……そう思うから』



智恵が、祥吾を好きになっているなど、全く考えていなかった。

おかしな見合いをしたと話してから、ずっと智恵も千春もひかりにとっては、

相談相手だったからだ。

今日も、祥吾と一緒に帰ってきて、食事をしながら話しがしたかったし、

もしそのまま一緒にと言われたら、応じたい気持ちはもちろん持っている。

しかし、自分だからこそ『思い』を語ってくれた智恵に対し、

片側では聞く振りをして、片側では祥吾と会っているとなると、

それは『裏切り』ではないかとさえ、思えてしまう。



『智恵さん、実は私、最上さんとお付き合いを始めたんです』



そう言えばよかったのかもしれないが、企画部員としても、女性としても、

自分より明らかに上だと思える智恵に対し、どんな顔をしてそう言えばいいのか、

ひかりにはわからなかった。

智恵は、祥吾と両思いになりたいとか、

面と向かって気持ちを伝えたいと思っていると言うより、

自分が頑張ってきたからこそ、最後に『思い出』を作りたいと、

そう言ったように感じた。

だとすると、自分たちのことを伝えるのは、今ではない気がしてしまう。


それに……


ひかりは親から送られたものの、大して使えていないレンジを見る。

何度か料理にチャレンジし、食べるようにはなったものの、

上達したのかと言えば、ほとんどしていない。

ここに祥吾を呼んで、手料理でもてなすような実力は、まだとてもなかった。

ひかりは、さらにお酒を飲んでいく。


「はぁ……」


こんな自分の、どこを好きになってくれているのだろう。

ひかりはそんな思いを持ちながら、天井に向かって嘆きのため息をつくと、

そのままテーブルに突っ伏した。





「おはよう……」

「おはよう……」


次の日の朝、ひかりの戸惑いなどわからない祥吾は、

いつものようにひかりと話すため、改札口の前に立っていた。

ひかりは挨拶をした後、一緒に改札に入る。


「買いたいもの、買えたの?」

「あ……はい」


ひかりは『買えました』とウソをつく。


「そうか、それはよかった」


祥吾は昨日、『かをり』に行ったことを話す。


「『かをり』に?」

「あ、ほら、前に話をしただろう。叔父が急に転がり込んできたこと」

「あ、華絵ちゃんを気に入ったという……」

「そう、その叔父がやっと帰ったんだ」


祥吾は『帰った』ことを強調する。


「で、色々と迷惑をかけた気がしたから、昨日さ……『かをり』に……」


祥吾は、『また一緒に行こう』と言おうとしてひかりを見る。

しかし、ひかりはどこか具合でも悪いのかと思えるくらい、表情が暗く見えた。


「どうした? 何かあった?」


祥吾はそうひかりに声をかける。

ひかりは、慌てて顔を上に向けた。

電車が到着し、そのまま乗り込んでいく。


「なんだか、表情が暗いなと」


祥吾は『企画、うまく行かなかったのか』とそう尋ねた。

ひかりは、色々考えているため、『はい』と言ってしまう。


「そうか……今日から吉川部長達とみることになるからな。
まぁ、明日からここで調子よく話していたらとか、俺が黙っていたらとか、
それなりに察してくれ」


祥吾は、その態度で、選ばれるのかどうかがわかるだろうと、

ひかりを和ませるつもりでそう言ったが、思ったような反応が戻らない。


「50周年ですもんね」


なぜか、そうつぶやいたひかりを見ながら、

祥吾は、ここはあまり話しかけない方がいいのかもと思い、

そこからは並んで吊り輪をつかみながら、静かに電車の揺れに身を任せていた。





「どうなんだろうな」

「どうなんでしょうね」


企画の善し悪しを見る立場の祥吾は、

出社するとすぐに上司が揃う場所に出かけてしまうため、

雄平をはじめとしたメンバーたちは、『どうなのか』と探る時間が続いていた。

高坂は『自分が選ばれないわけがない』と声に出す。


「自信、あるんですか」

「決まっているだろう、俺だよ、俺」


小春はどういう意味なのかと、首を傾げる。

雄平は、目の前に座るひかりの沈んだ表情を見ると、頭をコツンと叩く。


「いた……」

「何考え込んだような顔をしているんだよ。今更悩んでも仕方が無いぞ。
悩むのなら提出前に悩め」

「悩んでいませんよ、少し考え事をしていただけです」

「ほぉ……お前でも考えるようなことがあるわけか。ランチのメニューか?
それとも、デザートの大きさか?」


雄平は、いつものように言い返してくるひかりを期待したが、

そうはならずに、静かな時間になってしまう。


「……どうした」

「いえ、いいです」


ひかりはそう言って席を立つと、廊下に出て行ってしまう。

雄平はその姿を追うように見たが、電話がかかってきたため、すぐに受話器を取った。



雄平のツッコミから逃げたひかりは、コンビニにでも行こうかと思いながら、

階段の方へ進んだ。

すると、営業部から輝之が出てきて、曲がり角でぶつかりそうになる。


「うわ……」

「おっと……」

「武田」

「あ、浅井か」


互いにどこか別の方向を見ていたため、同じタイミングで『ごめん』と声に出す。

ひかりが曲がろうとしたので、輝之が道を開けた。

ひかりは『どうも』と頭を下げ、手すりをつかむ。


「なぁ、浅井。今日、飲みに行かない?」

「エ……」

「行こうぜ!」


いつも元気印なはずの輝之の表情が、自分と同じようにどこか晴れない気がして、

ひかりは『わかった』と返事をし、階段を降りていった。


【17-2】



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